1: 2016/03/03(木) 04:41:01.05 ID:AzPqcEyv.net
 何となく語りたくなったから、
つらつら書いてみようと思う

m3256

2: 2016/03/03(木) 04:46:36.70 ID:AzPqcEyv.net
初めてのスレ立てなので、ゆっくりめになるかもしれない。
ちなみに書きためてもいない。

まあ、タイトル通りの話だ。
数年前の話だ。俺は、死にたかった。
なぜって、俺はいじめられっ子だった。

4: 2016/03/03(木) 04:57:02.74 ID:AzPqcEyv.net
それがどんなもんだったか、あんまり語ろうとは思わない。
言えば、わかるわかる、って言ってくれる人もいるかもしれないが、
そう言われると、本当のところはわかんねえくせにって、
思ってしまう自分がいるんだ。ひねくれてるとは思うけど。

あのとき、教室で一人だった俺の気持ちなんて、
誰が想像できるんだって。

3: 2016/03/03(木) 04:54:25.43 ID:K9mZqoMq.net
スペック

5: 2016/03/03(木) 05:08:12.22 ID:AzPqcEyv.net
お、人がいた。
それは追々語ってくことになると思う。書くの遅いけど。

続ける。
でも、いじめって離れてみるとと不思議なもんだよな。
あの教室って空間には、何かすごい圧力みたいなもんがかかってて、
誰もそこから逃れられないみたいな、そんな感じってある。
何だろう、あそこだけ世界中のどこからも切り離された空間で、
普遍的なルールに一切縛られないみたいな、そんな場所。

だからいじめが普通に行われる。
いじめっ子と、いじめられっ子がいて、
それを普通の生徒も教師も見て見ぬふりをする。
どういう仕組みなんだろうな、あれ。

7: 2016/03/03(木) 05:16:49.13 ID:AzPqcEyv.net
そういうことを言うと、いじめられるほうにも理由がある、って話が出てくるけど
まあ、俺は個人的にはそれもそうかなって思う。
けど、何の理由もなきゃあいつらは誰もいじめない……・ってことにはならない。
だって、どんなことにも理由なんて山ほどある。
理由をあえて探す必要はない。

8: 2016/03/03(木) 05:22:37.83 ID:AzPqcEyv.net
顔がきもいとか、背が低いとか、足がのろいとか、
それがどんな理由か知らないが、とにかくあいつらは俺をいじめた。
教師も見て見ぬふりをした。
かろうじて会話が続くって程度の友達(とはいわねえか……)も
いつの間にか離れてった。
普通のやつらは、初めから俺の存在が見えてなかったのかってほど
普通に学校生活を楽しんでるように見えた。

俺は学校を休みがちになった。

9: 2016/03/03(木) 05:35:20.70 ID:AzPqcEyv.net
そうすると、親が異変に気づいた。
子供がいじめにあってるってのはうすうす気づいてただろう。
けど、そんなことは信じたくないみたいだった。

他の親がどうかはしらないが、うちの親は何でも遠回しに聞くんだ。
仕事帰りにケーキ買ってきて「甘いもの食べたくない?」とか
休みにどこか行こうって言う代わりに「今日は外に行ったら気持ちよさそう」とか
息子の俺でも正しく察すのが無理だろってレベルで。

だから、俺がいじめにあってるかもって思っても、
「最近○○くんってどうしてるの?」

それはあいつらに目をつけられた瞬間、俺から離れた知り合いですが何か?

10: 2016/03/03(木) 05:42:27.23 ID:AzPqcEyv.net
とにかく、親は俺を腫れ物扱いした。
もともと触れても来ないレベルが、数キロ先で見守ってるレベルにまでレベルアップした。

そりゃいまならわかる。
親だって悪気があってそうしたんじゃないってこと。
俺も触れるなって空気を出してたんだろうし、それを精一杯受け止めようとしたんだって。
けど、俺は俺でこう思ってた。
「親なら俺を助けろよ! あのいじめっ子とクソ教師をどうにかしろよ!」

けど、実際の話、それはないものねだりしてるだけだった。
「あんたいじめられてるんでしょ! お母さんが学校にいってあげる!」
そんなこと言われても、俺はますます追い詰められただけだろうから。

11: 2016/03/03(木) 05:54:02.91 ID:AzPqcEyv.net
一度学校を休み出すと、それからは早かった。
不登校になった俺は、家の外にも出なくなり、やがて部屋からも出なくなった。
食事は親が廊下に置いてくれたものを、寝静まった夜中に食べる。
誰とも会わない。誰ともしゃべらない。
ゲームやパソコンで一日が終わる。
見事な引きこもりの完成だ。

12: 2016/03/03(木) 06:20:16.40 ID:AzPqcEyv.net
その頃の記憶は、途切れ途切れにしかない。
あまりに辛かったからか、それとも毎日同じことしかしてないせいで
刺激がなんにもなかったからか。

いま思うと、あれはコールドスリープみたいなもんだったんじゃないかと思ってる。
よくSF映画とかで、遠い星にいくときに使う、あれだ。
あんなふうに冷たく感覚を麻痺させて、まるで眠ってるみたいに、俺は生きていた。
ただ息をして、ただ心臓を動かしてることが、それでも「生きてる」って言うならだけど。

13: 2016/03/03(木) 06:29:04.73 ID:AzPqcEyv.net
だから、それはいずれ行き着く答えだったんだと思う。
ある日、俺は死のうと思った。この苦しくてどうしようもない人生を終わらせようと思った。
その考えは、ずっと前から考えてたことみたいに、ずっと胸に落ちた。

俺はやり方を検索した。
自殺、方法、失敗しない……
ずらりと結果が並んだ。俺はその一つ一つを丁寧に読み込んだ。

14: 2016/03/03(木) 06:32:34.50 ID:AzPqcEyv.net
自殺の方法は驚くほど簡単だった。
特別な道具なんて必要なく、勇気さえあれば引きこもりの俺でも
いつでもできる方法も見つかった。

その日は、下調べだけで終わったが、これでいつでも死ねることがわかった。

16: 2016/03/03(木) 11:58:45.04 ID:HyGFwAqv.net
『完全自殺マニュアル』に所々マーカー付けてる知り合いなら居た

17: 2016/03/03(木) 12:01:15.57 ID:P1EZhKWG.net
見てるぞ

18: 2016/03/03(木) 12:02:02.00 ID:bpDp5A0O.net
続きまだ?

20: 2016/03/03(木) 13:47:43.19 ID:AzPqcEyv.net
暇を見つけて少しずつ。


けど、方法がわかったからといって、俺はすぐに自殺を決行することはなかった。
何でだろうな? でも、たぶんそういうもんだ。
死にたい! じゃあ死のう! だなんて、人間そんなに簡単じゃない。

それにいま思えば、自殺の方法を調べる行為自体が一種の息抜きになっていたと思う
疑似自殺ってのかな。そんな言い方ないと思うけど、そんな感じ。
だから、取り憑かれたように俺はいろんなやり方を調べた。
それをいつ実行するだとか、実際どの方法を選ぶだとか、妄想するのは楽しかった

それは久々に感じた「生きてる」って感覚だったかもしれない。

21: 2016/03/03(木) 14:01:20.49 ID:AzPqcEyv.net
たぶん、俺はそれを永遠に続けることができたと思う。
死にたいと思うながら死なずに、その方法だけ調べ続けること。
何て言ったらいいか、そうすることは以前より多少は幸せだった。

遺書にはもちろん、あいつらとクソ教師の名前を書いてやろう、
そう考えるだけで嬉しくなった。
そんな遺書を残して自殺したら、学校は大騒ぎになるだろう、
俺を苦しめたやつらは傷を負うだろう。
いじめなんてできるやつの心なんか傷つけられるわけないから、
俺が思ってたのは、やつらの人生とかって意味ね。
一生陰口たたかれて、学校も退学になって、人生終わればいい。
俺はそれを高みから見物するってわけだ、なんて本気で思ってた。

まあ、実際の話、そんなことになるはずないんだけどさ。
人殺したやつだって、大手振って生きてる世の中だ。
もし俺が死んでたって、全国ニュースで一介でも流れれば御の字だ。

22: 2016/03/03(木) 14:07:21.63 ID:AzPqcEyv.net
×一介 ○一回

でも厨房だった俺にそんなこと考えられるはずもなく、
俺は毎日パソコン画面とにらめっこした。
そして、自分が死ぬところを想像してうっとりした。
親が泣くところを想像して、もらい泣き?もした。
それから、やっぱりシメにあいつらがうちひしがれてるところを想像してにやにやした。
ああ、いじめられっ子で引きこもりの俺でも、あいつらに仕返しできるんだ!ってな。

23: 2016/03/03(木) 14:15:56.76 ID:AzPqcEyv.net
妄想はどんどん高まって、気分のいい日が続いていた。
いままで鬱だったのが、一気に躁になった的な?

その頃になると、肝心の方法も決定していた。
やっぱり簡単で確実な首つりだろう。
ヒモは探せばあるだろうから、外へ出なくていいのもポイント高い。
あとは一歩踏み出すだけだ。

その気の緩みが、俺の生死を分けた瞬間だったかもしれない。

24: 2016/03/03(木) 14:37:01.02 ID:AzPqcEyv.net
話は少し戻るが、自殺の方法を調べる際に、俺はいろんなサイトを訪れていた。
その中には、出会い系のようなサイトもあった。
自殺でなんで出会い系かって言うと、一人じゃ怖くて死ねない人が、
仲間を募るためのものだ。

俺は別に仲間が欲しかったわけじゃないが、
自殺を考えている人がたくさんいるというだけで何だか心強かった。

そこには連絡手段として掲示板があったけれど、掲示板は無難な言葉ばかりで、
本格的に仲間を探す人はメッセージアプリ的なものを使っているらしかった。
まあ、LINE的な?
俺は、どんな会話がされてるのかとか、あと自殺の情報?も知りたいと思い、
そのアプリをインストールしていた。
もちろん、掲示板に載っている仲間募集のアドレスも登録した。

けど、恥ずかしながらそういうSNS的なものに縁のなかった俺は、
それがどういう仕組みなのかいまいちわからないまま放置していた。
みんな個人個人でやりとりしているのか、表立って会話は見えなかったし、
情報が載ってるようなものでもなかったからだ。

25: 2016/03/03(木) 14:55:43.85 ID:AzPqcEyv.net
けど、いよいよその日が訪れたときだった。

もちろん、前もって日にちを決めてたわけじゃない。
けど、その日起きた瞬間、俺は、今日だ!って直感したんだ。
なぜって聞かれても、直感だから理由はないんだけど、
目の前のもやが晴れたような気持ちだったのを覚えてる。

例えば、昔、子供がお祭りでもらったかなんかした風船をうっかり離して飛んでっちゃった、
ってな場面に遭遇したことがあって。
その風船、一気に空まで飛んでいかないで、一回木の枝に引っかかったんだ。
でもその木が高かったもんだから、みんな、あーあ、って見上げてるだけなんだけど。

俺はそのとき暇だったんだろうな。
当の子供が親に連れられて行っちまったあとも、その風船を見てたんだよ。何となく。
そのときは別に風も吹いてなくてさ、風船はずっとそこにあるわけ。
それ見て、物心ついたときから厨二な俺は、
「あいつもどうせなら広い空に飛んでいきたかっただろうになあ」
とか思ってるわけw

だけど、どっかに引っかかってるわけだから、
そのうちガスが抜けてそのまま落ちてくるんだろうなーとか思ってたわけよ。

26: 2016/03/03(木) 15:08:27.29 ID:AzPqcEyv.net
けど、それがさ。
その風船、突然ゆらっと動いたと思ったら、ふっと空に上ってったんだ。
絶対風なんか吹いてないのに。誰かが木を揺らしたわけでもないのに。なぜか。
本当に、ふっと、まるで自分だけのタイミングを待ってたってな感じで。
ふわふわ遠くの空に消えてったんだ。


……長くなったけど、その日の俺はそんな感じだった。
まるであのときの風船みたいに、どっか引っかかってたものが解けて、
あっ飛べるんだ、って気づいた、みたいな。
身体のどっかから根拠のない自信が湧き上がってきて、
今日だ、今日がその日だ、って理解した、みたいな。

余談だけど、天啓を得たりしちゃう人って、こんな感覚なのかなとも思う。

27: 2016/03/03(木) 15:15:14.16 ID:AzPqcEyv.net
今日だ、今日だ、俺は嬉しいような心細いような、そんな気持ちになった。
少なからずあった死への恐怖はさっぱり消えていて、
どんな障害があったとしても、俺は今日死ぬんだなと思った。
俺という存在が今日消えることを不思議にも思った。
自分のことだというのに、とんでもなく他人事に思えた。
いままでの躁とはまた違う、変な感覚だった。

そして、その感覚のまま、俺は普段なら絶対にしないことをした。
例の自殺仲間募集のアプリに、今日、死ぬということを宣言したのだ。

28: 2016/03/03(木) 15:33:35.90 ID:XnGAe62w.net
それからそれから?

29: 2016/03/03(木) 21:34:32.03 ID:822EfHvJ.net
きになる

30: 2016/03/04(金) 03:36:36.08 ID:1+Q4FLW+.net
俺は勝ち誇っていた。

だって、ここにいるやつらは、まだ生きてるやつらばっかりだ。
だけど、俺は先に行く。
自殺という、簡単にはできない偉業を成し遂げるんだ。

そんな気持ちだった。

31: 2016/03/04(金) 03:47:17.11 ID:1+Q4FLW+.net
「いまから、首つりします。お先に!」

ラリッたような台詞からも、どんなに俺がはしゃいでたかわかるだろう。

「明日、中学生自殺のニュースが流れたら、それが俺!」

わくわくは最高潮だった。
興奮で震える手で、探しておいたヒモを結んだ。
梁なんかはなかったけど、木造だったから、壁の一箇所をぶち抜いて
その穴からヒモを通して固く縛った。

その穴は、いまも実家の俺の部屋に残ってる。

33: 2016/03/04(金) 03:56:05.87 ID:1+Q4FLW+.net
もちろん、ヒモの先には輪っかもつくって、
椅子に立った状態でギリ首にかかるようにした。

この椅子がコロ付きなもんだから、その上に立っての作業はぐらついて大変だったが
首を入れた後はそのほうが楽だろうと思った。
だって、ドラマとかじゃうまく椅子を蹴ってぶら下がるけど、
あれ、現実じゃなかなかうまくいかないんじゃないかと思ってさ。

蹴れないとかっこわるいし、思い切り蹴ったとしてもでかい音が響くだろ。
そしたら親が起き出してくるかもしれないし、そうなったらもう最悪だ。

34: 2016/03/04(金) 03:58:59.95 ID:i0JLgPq+.net
なおX JAPANのなんとかと漫画家のなんとかは無事ドアノブで死亡できた模様

36: 2016/03/04(金) 04:16:39.31 ID:1+Q4FLW+.net
>>34
そうそう、ドアノブも聞くよな。
けど、あれってホントにできるのかって不安にならないか?
何て言うか、理論上はいけるんだろうけど、もっと確実性が欲しい、みたいな。


俺は深呼吸すると、部屋の真ん中でバンザイしながらピースした。
目を閉じて、いえーい! って声には出さずに叫んだ。
いま考えると、まじテンションおかしい。
それから、つけっぱなしだったパソコンを閉じようとした。
画面には、俺の書いた例の馬鹿みたいな台詞が二行、表示されていた。
レスは何にもついてなかった。

37: 2016/03/04(金) 04:22:13.51 ID:i0JLgPq+.net
>>36
あー確かに失敗できないもんな、二度とチャレンジ出来なくなるかもだし

35: 2016/03/04(金) 04:04:07.11 ID:1+Q4FLW+.net
さあ、準備は整った。

俺は引き出しの中から遺書を出して、きれいにした机の上に置いた。
恨みを込めて書いた遺書だ。これだけは読んでもらわないと、死ぬ意味がない。

少し考えて、ベッドも何となく整えた。
机とベッド以外はいつものようにぐちゃっとした部屋を見回して、
掃除しとけば良かったかななんて思った。
でも、首吊ったらその下はウンコだらけになることも知ってたから、
掃除してないからどうってこともないか、と思い直した。

38: 2016/03/04(金) 04:22:36.27 ID:1+Q4FLW+.net
俺はその一瞬、何かを待った。

いまならわかる。いくらラリってるとはいえ、俺は寂しかったんだろう。
一人きりで死んでいくのが怖かったんだろう。それがその一瞬に繋がったんだ。

けど、そのときの俺にはもっと怖いものがあった。
それはこの興奮状態が消えてしまうことだ。死ねなくなってしまうことだ。

パソコンなんてつけっぱなしだって構わない。
早く、死ななきゃ。この感覚が消えてしまわないうちに。
そうして、画面から目を切ったときだった。

39: 2016/03/04(金) 04:26:29.30 ID:1+Q4FLW+.net
ぽーん

聞き慣れない音がした。
何も考えずに、俺は画面を振り返った。
そこには三行目の文字列が出現していた。

「何で死ぬの?」

それはシンプルな質問だった。

40: 2016/03/04(金) 04:32:00.30 ID:1+Q4FLW+.net
それを目にした瞬間、心の均衡がぐわっと崩れた。
自殺ハイが一気に消え、別の衝動が胸を襲った。

なぜ死ぬの、なぜ俺は死ぬのか、聞いてくれる人がいる。
知って欲しい、知ってくれ、俺がなぜこんなにまで追い詰められているのか知ってくれ
自殺なんていつでもできる、いまはただこの人に知って欲しい

俺の指はキーボードに伸びていた。
この顔も名前も知らない誰かが、悪魔だということも知らずに。

42: 2016/03/04(金) 04:34:57.37 ID:1+Q4FLW+.net
「いじめ」

どんだけ急いてたのか、俺はそれだけ書いてエンターキーを押しちまった。

「いじめにあったから」

慌てて書き直して、もう一度エンターキーを叩いた。
口から心臓が飛び出るんじゃないかと思うくらいどきどきしてた。

43: 2016/03/04(金) 04:43:49.42 ID:1+Q4FLW+.net
「へえ」

文字にしなくてもいいような言葉を、その人は表示させた。
俺は反射的にびくっとした。
これがいじめられっ子の性と言われればそうかもしれないが、
俺は相手が退屈そうだったり不満げだったりするとすぐにへりくだってしまう。

「いじめられて、不登校になって」

俺は頼まれてもない事情を打ち込んだ。
とはいっても、こんなチャットじみたことなどしたことがないため
入力速度は無茶苦茶遅い。
その上、文章をまとめるのもへたくそだ。
書いては消してを繰り返しているうちに、相手の文が表示された。

44: 2016/03/04(金) 04:49:41.74 ID:1+Q4FLW+.net
〈COKT93245さんが個人メッセージを求めています〉

それは誰でも見られるオープンチャットじゃなくて、
プライベートなチャットへの誘いらしかった。

俺はおっかなびっくり、リンクになってるそのメッセージを押した。

〈KBES20341さんが入室しました〉

そんなメッセージが画面に現れた。
このKBなんとかってやつが自分を表してるってことに、俺は今さら気づいた。

45: 2016/03/04(金) 05:04:47.37 ID:1+Q4FLW+.net
「何で自殺したいの。教えて」

プライベートチャットに入ると、そんなメッセージが表示されていた。
メッセージの前にはアイコンがついていて、
それはアンドロイドっぽい女の子の画像だった。
本当はアンドロイドじゃないのかもしれないけど、何て言うか無表情キャラ的な、
綾波レイ的なって言えばいいかな。そんな感じの。

相手がそれを意識してるのかどうなのかは知らないし、
ましてや相手の性別や年齢なんてわからなかったが、
そのアイコンのせいで、台詞は抑揚のない例の感じで、俺の中で再生された。

46: 2016/03/04(金) 05:13:50.27 ID:1+Q4FLW+.net
「打つのが、遅いですけど……」

小心者の性で俺はそう断った。

「時間はあるから」

相手は気にしてないふうだった。
そして、口調はやっぱり綾波レイっぽかった。
……というか、当時は綾波を知らなかったから、いま思い返してみると、なんだが。

(ちなみに、その後名乗られた名前はあるが、
 仮の名前として、これからこのチャット相手をレイと呼ぼうと思う)

48: 2016/03/04(金) 05:23:07.70 ID:1+Q4FLW+.net
壊れた壁と、そこから垂れ下がった首つりのヒモをそっちのけに、
俺はレイを相手に、夢中になって語った。

いじめがどんなにひどいものだったか。
それを見て見ぬふりする教師がどんなにクソなやつか。

遠巻きにするクラスのやつらも同罪だ、なんてぶちかましたりもした。

レイはそこにいることを示すように、時々「へえ」とか「そう」とか言うだけだった。
けど、俺はそれで十分だった。
この数時間だけでタイピングが目に見えて早くなるほど、
俺はしゃべり続けた。

49: 2016/03/04(金) 05:29:03.33 ID:Zs8imXnB.net
なんかそいつ嫌な予感するわ

50: 2016/03/04(金) 05:31:08.44 ID:1+Q4FLW+.net
気づけば、タイピングのしすぎで手がだるくなっていて、眠気にも襲われてた。
けど、話すことが同じことばかりになってきても、俺は話し続けた。

初めて俺の話を聞いてくれるレイから離れちゃいけないと思った。

「もういっぺん聞くね」

それでも俺が沈黙しがちになった頃だった。レイがそう言った。

「何で自殺するの?」

こいつは人の話を聞いてなかったのか?
俺は少しむっとした。
けど、すぐにレイは言葉を継いだ。

「どうして、いじめられたあなたが死んで、 いじめたあいつらが生き続けるの?」

51: 2016/03/04(金) 05:37:28.47 ID:iZ1vhbeg.net
めちゃくちゃ読みやすいね
臨場感たっぷり

身辺整理中なので体験談は、とても助かります
ありがとう

53: 2016/03/04(金) 05:49:01.10 ID:1+Q4FLW+.net
>>51
身辺整理はとりあえず思いとどまって下さい。そんな思いで書いてます。


他に死ぬべき悪って誰だ、こいつは何を言ってるんだ。
疑問が頭を駆け巡ったが、答えは分かり切っていた。

「ねえ、これはゲームみたいなものだと思わない?
 あなたの命は一つ、相手の命も一つ。
 そのどちらかが失われなきゃならないなら、どっちが残るべきだと思う?」

感情の読み取れない、無機質な文字が俺の前に並んだ。
やっぱりだ。
レイは、俺にあいつらを殺せとそそのかしている……?

52: 2016/03/04(金) 05:38:05.38 ID:1+Q4FLW+.net
「え?」

「死は罰よ。そうでしょ、死刑は法律で一番重い刑罰なんだから」
「何だってそうでしょ。死ぬべきは悪いほうだって決まってる。
 なのに、どうしてあなたが死ぬの? あなたは悪いの?」

「いや、俺は悪くはないけど……」

「悪くないなら、どうして死ななくちゃならないの?」
「ほかに死ぬべき悪い人がいるっていうのに」

54: 2016/03/04(金) 06:00:16.45 ID:1+Q4FLW+.net
「そんなこと、わからないよ」
「俺はただ自殺するって決めて……」
「それに、そんなの犯罪だろ」

俺は話を戻そうとした。
このままチャットを閉じるなんてことは、自殺を決行するよりも難しく感じられた。
レイはただそこにいて、俺の話を聞いてくれればいい。自殺したい俺の話を。

「犯罪?」

けど、レイはたじろぐことなく言った。

「私は犯罪の話なんか、してない」

55: 2016/03/04(金) 06:13:54.11 ID:1+Q4FLW+.net
ログに証拠を残さないための発言だろうか。
回らない頭でそう思ったが、どうやらそれは違ったようだった。
それどころか、レイの思考はぶっ飛んでいた。

「犯罪というのは、法律に触れる行為のこと」
「けど、法律というものは国が大人数を統制するためのものであって、
 個人の〈正しさ〉とは乖離がある」
「それなら、あなたの自殺は正しい? それとも彼らの死が正しい?」

正しさ。
それは俺の思考にはなかった言葉だった。

56: 2016/03/04(金) 06:48:56.61 ID:NbUvt/MB.net
死んだらあかん

58: 2016/03/04(金) 08:19:33.57 ID:Em3EzU/+.net
ま、でも思いとどまったおまえは勝者だね
自殺ってのはさ、いいか悪いかじゃない、単純に「敗北」なんだよ
もし自殺してたらイジメなんかやるような連中なんて大人の前だけ神妙な顔して仲間内ではゲラゲラ笑うだろうね
したたかに生き延びること、それが生物にとっての勝ちなんだよ

59: 2016/03/04(金) 11:29:10.74 ID:1+Q4FLW+.net
いじめっ子と、いじめられっ子。

そのどちらが正しく、どちらが正しくないのか。
死が正しくない者に与えられる処罰ならば、それを受けるべきはどちらなのか。

そんなの、決まってる。

「俺じゃない、あいつらだ」

60: 2016/03/04(金) 11:42:09.39 ID:1+Q4FLW+.net
「じゃ、なぜあなたは自殺するの?」

レイの質問は振り出しに戻った。

「あなたは正しくない人たちに正しくない扱いを受けて、
 その上、正しくない終わりを選ぶの?」

「そんなこと言われても……」

ほかに何ができるってんだ。
そう思うと、敗北感がこみ上げた。

あれほど誇らしく崇高に思えた自殺が、負け犬のすることにしか思えなくなった。
いや、ハイな感覚でそれを見ないふりしてただけで、
本当は俺も知ってたはずだった。
自殺は、この辛い現実から逃げ出す手段なんだって。
俺はそれを選んだんじゃなく、選ばざるを得なくなっただけなんだって。

61: 2016/03/04(金) 12:03:33.32 ID:1+Q4FLW+.net
「俺は、生きる価値のない人間なんだ」

それは深く考えて出た言葉じゃなかった。
けど、自分のことをどんぴしゃで表した言葉だと思った。

俺は生きる価値のない人間だ。
繰り返すと、自分が真っ暗な穴に落ちてくような気分がした。

よくわからんが、概念化ってやつかな?
ある現象があるとして、それを言葉で定義した瞬間、理解できるようになる、みたいな。

生きる価値がない。
俺は自分をそう定義すると同時に、本当に価値がないと思い込んじまったんだ。

62: 2016/03/04(金) 12:14:46.01 ID:1+Q4FLW+.net
「俺は、最初から価値のない人間だったんだ。
 だから、あいつらが俺をいじめたとしても、それは仕方ないことだったんだ。
 だって、俺に価値はないから。キモくて最底辺のクソだから。
 そうだ、俺はクソなんだよ。だから死ぬんだ。
 こんなクソが生きてたら、みんなが迷惑だからさ!」

これでもかってくらい自分を貶めると、心臓が痛んだ。
けど、その痛みは快感でもあった。
この期に及んで新しい性癖が開花したのかと思うくらい。
でも、その快感はレイの一言で吐き気に変わった。

「自殺の次は、自己憐憫? 忙しそうね」

63: 2016/03/04(金) 12:25:04.85 ID:1+Q4FLW+.net
何だよ、その言い方!

俺は思った。でも、思っただけだった。

いまや俺の中は、虫のサナギ並みにぐちゃぐちゃだった。
何にも形を成してないどころか、核もない、どろどろの液体だ。
チョウみたいなきれいなものになれるなんてこれっぽっちも思ってないが、
少なくともこの状態から抜け出すにはレイの力が必要だ。

……いや、というより、必要だと思い込んでいた。
俺はとにかく、レイに放置されたらどうなるかなんて想像もしたくなかったんだ。

64: 2016/03/04(金) 12:29:49.39 ID:1+Q4FLW+.net
「数学は得意?」

レイは唐突な質問をした。

「いや、全然……」

そう答えると、レイは文字で笑った。

「だと思った。私は得意よ。
 順番に正しく考えれば、絶対に正しい答えが出るから」

65: 2016/03/04(金) 12:37:24.00 ID:1+Q4FLW+.net
「どういう意味?」

「これは問題」
「あなたは問題を抱えている」
「私はそれを正しく解く手伝いがしたいだけ」

「どうして? 君には何の得もないだろ」

「そうね」

「なら、どうして」

「別に必要ないなら構わないから、そう言って」
「すぐに消えるから」

そう言われてしまうと、俺は何も言えなかった。

66: 2016/03/04(金) 13:00:24.66 ID:1+Q4FLW+.net
「なら、考える時間をあげる」

黙った俺の隙を突くように、レイは言った。

「また明日。同じ時間に」

「ちょっと待って」

俺は慌ててタイピングしたが、レイが応えることはなかった。
俺の台詞を最後に画面は動かなくなった。

チャット画面を残したまま、俺はベッドにダイブした。
いつもなら漫画に埋もれてるはずのそこがきれいな理由を思い出しかけたが、
それよりも断然眠気が勝った。

窓の外はすっかり明るくなっていた。
小学生の甲高い声が路地に響いてうるさかった。
けど、頭から毛布を被ると、光りも声も全部消えた。

レイは一体何者なんだろう。
俺は眠りに引き込まれながら、そんなことを考えた。
チャットアイコンのあの無表情キャラ、その背後には必ず現実の人間がいるはずだ。
そんなことくらい馬鹿な俺にもわかってる。

けど、すでにレイはあの無表情キャラとして俺の中に存在している。動いている。
まるでアニメキャラがそのまま飛び出してきたみたいに。
三次元の法律や常識に縛られない、突拍子もない感覚を携えて。

そんなはずはない。そう思っても、俺はそんな想像を打ち消すことができなかった。

68: 2016/03/05(土) 03:04:37.66 ID:MmTYItc1.net
次の朝……ではなく夜。

俺はいつもより早く目が覚めた。
それでも十分睡眠は取れたはずだったが、何だか眠った気がしなかった。

眠ってる間中、俺は夢を見ていた。
立ってる地面にずぶずぶと飲み込まれていく夢だ。
誰かがひっきりなしに俺を罵倒してる夢だ。
逃げたいのに身体が重く、少しも動くことができない夢だ。

「なぜあなたは自殺するの」

そう聞き続けるレイの声が聞こえ続け、

「俺はクズでクソなんだ」

答え続ける俺がいた。

69: 2016/03/05(土) 03:13:47.99 ID:MmTYItc1.net
点けっぱなしにしていたパソコンは、勝手にスリープモードに入っていて、
マウスに触れると不機嫌そうな音を立てて立ち上がった。

画面には昨日の会話が並んでいた。
俺は読み返すでもなく、それをぼうっと眺めた。
それからぼんやり考えた。

レイの言うとおり、俺は問題を抱えている。
それも生死にかかわる、とびっきりのやつを。
そしてレイの言い方を借りれば、俺はそれを「解決」しようとあがいてた。
で、出した答えが・・・・・・片付けもせずに垂れたままの、この首つりひもだ。

70: 2016/03/05(土) 03:19:22.75 ID:MmTYItc1.net
つまり、自殺。

俺が死んじまえば、それで全部が終わりだ。
苦しいことも、悲しいことも、死は全部断ち切ってくれる。
それは、俺が起こすことのできる唯一のアクションだ。
俺が、世界を切り離すんだ。何もできないクズでも、精一杯やればこれくらいできるんだ。

そんな「答え」」に行き着いたから。

71: 2016/03/05(土) 03:25:03.89 ID:MmTYItc1.net
けど、そう考えられたのは、あの一種ラリッたような感覚でいられたからだった。
自殺なんて誰でもできることじゃない。
それを俺はやり遂げるんだ! なんて、テンションが上がっちまったからだった。

きっと、あのままのテンションを維持できたなら、
俺は昨日死んでいただろう。
首にヒモが食い込み、苦しさに思わずあがいたとしても、
俺は今死んでる! って興奮に包まれたまま、死んでっただろう。

72: 2016/03/05(土) 03:29:59.56 ID:MmTYItc1.net
けど、そうはならなかった。

レイが画面に現れたから。
「なぜ死ぬの」
そう聞いてくれたから。


ぽーん

そのとき、昨日と同じ音がして、画面に新しい文字が現れた。

「問題を正しく解いてみる気になった?」

相変わらず、冷めた口調のレイだった。

73: 2016/03/05(土) 03:36:40.81 ID:MmTYItc1.net
俺はすぐには答えずに、一度、深呼吸をした。
それから、横目でぶら下がったヒモを見た。

壁をぶち抜いて結ばれたそれは、部屋の中で異様だった。
確かに俺が結んで垂らしたものだったけど、まるで別の誰かが用意したものみたいだった。
そして、そう見えるのはきっと、あの変な感覚が消えたからだった。

そうすると、俺はもう認めざるを得なかった。
あの変な感覚で見ないふりしてきた、死にたくないって感情を。死への恐怖を。

74: 2016/03/05(土) 03:45:43.08 ID:MmTYItc1.net
俺の左側には画面のレイがいて、右には首つりヒモがぶらさがってた。
その間に挟まれて、俺は文字通りどっちつかずの中間にいた。

首をつるのはもう怖かった。
けど、レイの言う正しさを知るのはもっと怖い気がした。
でも、そのどちらも振り切り、一人で立つことなんか俺にできるはずもなかった。

静まりかえった一人の部屋で、
俺は首つりヒモに背を向けた。

75: 2016/03/05(土) 03:52:03.83 ID:MmTYItc1.net
「いま、起きた」

レイの質問には答えず、とりあえず俺はそう打ち込んだ。

「それで?」

レイは一瞬で打ち返してきた。
そんなことはどうでもいいって感じで。

76: 2016/03/05(土) 03:59:24.42 ID:MmTYItc1.net
「あのさ」

俺は精一杯レイの機嫌を損ねないように言った。

「聞いてもいいかな。どうして俺なんかを助けてくれるの?」

「その質問には昨日答えたはず」
「私は問題を解決したいだけ」

どんだけだよって思うほど、レイのタイピングは早かった。
そして、毎度どきっとするようなことを言う。

「それに〈助ける〉は間違い」
「問題解決があなたを〈助ける〉ことになるかどうかは、わからない」

77: 2016/03/05(土) 04:00:23.34 ID:MmTYItc1.net
「えっと、それって・・・・・・」

「その通りの意味」
「それ以上も以下もない」

そして、毎度にべもない。

78: 2016/03/05(土) 04:10:59.29 ID:MmTYItc1.net
「わかったよ」

俺は答えた。というより、これ以外の返答は思いつかなかった。
それに、今の俺は相手をしてくれる人がいるだけで素直に嬉しかった。
それが得体の知れない誰かでも。
引きこもってから、ずっと誰とも話してなかったんだ。当然だっただろう。
こんな、無機質な会話でも・・・・・・

けど、レイは何を思ったのか、突然言った。

「問題を解決したいだけ、その言葉に嘘はない」
「けど、私の本心も言っておく」
「信じてもらえないかもしれないから、もしそうなら言う意味なんてないけれど」

79: 2016/03/05(土) 04:15:14.31 ID:MmTYItc1.net
続けざまに文字が流れてから、少し沈黙するような間が開いた。
「なに」、そう俺が打つ前に、再びレイが言う。

「だから、これは自己満足」
「信じてくれなくていい」

「なに」

ここで俺がやっと打ち込んだのと、レイの台詞は同時だった。

「生きる価値のない人間なんていない。あなたには生きる価値がある」

80: 2016/03/05(土) 04:35:17.69 ID:MmTYItc1.net
俺は間抜けにも、パソコンの前でぽかんと口を開いた。
そのあと、ふふっと(実際はもっとキモい感じだと思うが)思わず笑った。


〈俺には生きる価値なんてないんだ〉

それは昨日、俺が言った台詞だった。
けど、画面の向こうの誰ともわからん人に急にそんなことを言われても
信じられるどころか、突拍子もなさすぎて真面目に受け取ることさえできない。
そう思わないか?


レイもそれを十分わかっていたんだろう。
だから、信じてくれなくていい、自己満足だ、とあんなに予防線を張ったんだ。

あのとき、レイを素直に信じることができたら、どんなによかっただろう。
いまはそう思う。

81: 2016/03/05(土) 04:42:06.40 ID:MmTYItc1.net
「ありがとう」

現実にはどんな反応をしたにせよ、俺は文字ではそう偽った。
だってほかになんて言えばいい?
そっか、俺にも生きる価値があるんだ、気づかせてくれてサンキュな!
・・・・・・キャラ的にも空気的にも、これじゃ絶対おかしい。

「別に」

俺の感謝をどう受け取ったのか、レイは簡潔に答えた。
けど、どうせ信じてないくせに、そう見透かされてる感じがした。
変だよな、画面から気配なんて感じ取れるわけがないのに。

82: 2016/03/05(土) 04:49:38.65 ID:yBwDyG9I.net
まさかとは思いますが、この「レイ」とは

84: 2016/03/05(土) 05:03:26.49 ID:MmTYItc1.net
>>82
霊だったのです!!
・・・・・・って、そんなわけあるかいっ(テンションおかしい)(あれ、違う?)


「自殺は、自分で自分を殺すことじゃないじゃないわ」
「殺されることよ」
「いじめっ子に殺されるの」

「そうかな」

「そうよ」
「さっきの言葉、私は本気だから」

「なに」

「生きる価値のない人間なんていないってこと」
「あなたも、いじめっ子も、それぞれ一つの命」
「同じだけの価値がある、命」

85: 2016/03/05(土) 05:04:18.19 ID:uc0IjMBw.net
>>84
ちょっとわろた

83: 2016/03/05(土) 04:54:05.85 ID:MmTYItc1.net
〈あなたには生きる価値がある〉

そのときの俺は、レイの言葉を信じることなんかできないと思ったけど、
それでもその台詞で、彼女に対する信頼みたいなものが芽生えたんだと思う。

どうして俺なんかに関わってくれるのか?
レイはその質問にきちんと答えてくれたとは言いがたい。
けど、少なくとも悪意を持って接触してきたんじゃないって
俺のためを思ってくれてるんだって、ほんの少しだけど、そう思えたんだ。

86: 2016/03/05(土) 05:12:17.07 ID:MmTYItc1.net
「同じだけの価値がある・・・・・・とは思えないけど」

卑下じゃなく、そう思ったから俺は言った。

「命は平等ってよく言うけど、でも」

アメリカ大統領の命と俺の命が同じ価値のはずはない。

「・・・・・・アメリカ大統領?」

「え、・・・・・・なんとなく出てきただけ」

「あなた、バラク・オバマだったの?」

「だから違うって!」

「でしょうね」
「私は大統領の話なんかしてない」
「あなたと、いじめっ子の話」

87: 2016/03/05(土) 05:21:13.16 ID:MmTYItc1.net
「それでも、あいつらのほうが俺より」

そこまで書いて、俺は苦しくなった。

昨夜、自殺していたら、今日は俺の通夜だった。
いじめられっ子で、引きこもりだった俺の通夜に、一体誰が参列しただろう。
いや、生徒が死んだんだ。学校はクラスの生徒を参加させるに違いない。
けど、それは形だけだ。俺の死を本当に悲しむやつなんていない。
両親は悲しんでくれるだろうけど、それだけだ・・・・・・

88: 2016/03/05(土) 05:30:51.49 ID:MmTYItc1.net
「事情が事情だし、あなたの葬式には大勢の生徒が参列するわね」
「それなら、いじめっ子の葬式に来るのはどれくらいだと思う?」

「クラスの奴ら、みんなじゃないかな」
「あと先生も」

「じゃ、あなたと同じじゃない」

「違う。俺のに来るのは形式だけだけど、あいつらのは・・・・・・」

「本心から?」

「そう」

「でもそれって、そんなに大事なことかしら」

89: 2016/03/05(土) 05:40:19.59 ID:MmTYItc1.net
「大事なことって・・・・・・」

大事に決まってるだろ。ってか、それが一番大事なことだ。
俺は身構えた。レイが突拍子もないことを言い出す気配を感じたからだ。
そして、それはその通りになった。

「他人の心なんて自分がどうにかできるわけじゃないし、見えないし、どうだっていいことよ」

91: 2016/03/05(土) 11:33:58.46 ID:MmTYItc1.net
「どうでもいいなんて、そんなことないよ」

控えめに、俺は逆らった。

心は確かに目に見えないかもしれないが、感じることはできる。
その証拠に、俺はいじめてくるやつだけじゃなく、
遠巻きにしてる奴らの視線にだって傷ついていた。
あいつらの心が、俺を傷つけたんだ。

「どうでもよくない」

92: 2016/03/05(土) 11:36:47.93 ID:MmTYItc1.net
「全然、どうでもよくないよ」

「そう」
「わかった」

すると、意外とあっさりレイは答えた。

「じゃ、言い方を変えるわ」

93: 2016/03/05(土) 11:49:11.41 ID:MmTYItc1.net
「確かに、他人はいろんなことを考えてる」
「あなたを傷つけるようなことや、決して口にできないようなことまで」
「他人はあなたを攻撃する」
「たとえ、顔に笑みを浮かべていたって、心じゃ何を考えてるかわからない」

その通りだ。
俺の気持ちを完璧に表現して見せたレイに、俺は驚いた。

「そうだろ? そうなんだよ! みんな思ってても言わないだけで、
 俺をいじめる奴らと変わんないんだよ!」
「学校の奴らだけじゃない。ここの近所の人たちだって、
 引きこもりになった俺をクソだって思ってるんだ」
「俺は好きで引きこもってるわけじゃないのに!」

94: 2016/03/05(土) 11:55:17.09 ID:MmTYItc1.net
「あなたは、他人の気持ちに敏感なのね」

レイは言った。
俺は少し嬉しくなった。
褒められた、そう思ったのだ。けど、それは勘違いみたいだった。

なぜなら、レイは続けてこう言ったのだ。

「でも、世界中の人があなたに関心を抱いてるとでも思ってるの?」

95: 2016/03/05(土) 11:58:42.22 ID:MmTYItc1.net
「世界中の人って、そんなこと俺は・・・・・・」

「言ってない?」
「なら、〈あなたに会う人すべて〉とでも言い方を変える?」

「そういうことじゃ・・・・・・」

「あなた、誰かと偶然目が合ったとしても、その人が自分のこと考えてると思ってない?」
「教えてあげるわね。それって、自意識過剰って言うのよ」

97: 2016/03/05(土) 12:04:13.82 ID:MmTYItc1.net
「そこまで言わなくても・・・・・・」

俺はうなだれた。
けど、それくらいでレイは攻撃の手を緩めなかった。

「私は、あなたの感じていることが嘘だなんて言ってない」
「すべてが被害妄想だとも言ってない」
「けど、その誰かがあなたのことを考えてる時間なんて、ほんの一瞬」
「アリを一匹潰すくらいの時間だけ」

98: 2016/03/05(土) 12:11:57.68 ID:MmTYItc1.net
「あなたは自分の創り上げた世界の中で生きている」
「逆を言えば、現実を生きていない」
「だから、他人の一瞬の攻撃を、永遠の拒絶に感じる」
「想像の中で永遠に苦しみ続ける」

「・・・・・・それは俺が引きこもってるってこと?」

自分の創り上げた世界。
この誰の干渉もない、安全な部屋の中。
レイはそこから出ろと言ってるのだろうか。

99: 2016/03/05(土) 12:22:54.17 ID:MmTYItc1.net
「そこから出ても出なくても同じ」

しかし、レイはそっけなかった。

「あなたは自分の世界に引きこもってる」
「頭の中の世界」
「そこであなたを攻撃している他人は、現実には存在しない」
「その他人はあなたが創り出した幽霊にすぎない」

一気に言うと、レイは少し黙った。
それから、ぽつり、と言った。

「本物を、現実だけを、見てみて」

100: 2016/03/05(土) 12:31:55.89 ID:MmTYItc1.net
〈現実を見ろ〉

夢見がちな人間にこそ言われる言葉を、俺は反芻した。

俺は夢なんか見ていない。
第一、夢ってのは、もっと楽しくて明るい未来のことだ。
こんな苦しくて暗い夢なんか、見ろと言われてもお断りだ。
こんな、辛い夢なんか・・・・・・

そう思ってから、俺はふと部屋を見渡した。

現実。本物。俺の頭の中以外の、確かなもの。

窓にかかった、古くさい柄のカーテン。
床に散らばった漫画本。
ほこりの積もった教科書に、ゴミために埋もれた学生鞄。
まっすぐに垂れ下がった首つりヒモ。

101: 2016/03/05(土) 12:39:13.20 ID:MmTYItc1.net
しんと静まりかえった夜からは、俺を罵倒する声も聞こえないし、
いじめっ子たちが家の前で騒いでるわけでもない。

もっと言えば、俺が不登校になったその瞬間から、
あいつらとの縁は切れている。
クソ教師は家に電話もして来やしないし、
クラスメイトが訪ねてくるわけでもない。
この部屋に俺は一人きりで、それを邪魔する人間は誰もいない。

あれ、どうして俺はそこまで追い詰められてたんだ?

一瞬、俺は心底不思議にそう思った。
どうして壁に穴を開けてまで、ヒモをつるしたのかさえ、わからなくなった。

102: 2016/03/05(土) 12:43:21.56 ID:MmTYItc1.net
けど、それは〈現実〉から目をそらせば、すぐに思い出せることだった。

だって、俺はいじめられている。
不登校をしている。引きこもっている。
不当な扱いを受けている。
だから、自殺を考えて当然だ。俺は自殺して、あいつらに復讐したいんだ。

自分だけに焦点を当てれば、それは当たり前の成り行きだった。

103: 2016/03/05(土) 12:54:21.78 ID:MmTYItc1.net
それは気づいてみれば、簡単なことだった。

自己憐憫から抜け出して、自分以外に目を向ける。
そうすると、いまの状況はそんなに悪いものでもないようにも思える。
だって、親がどう思ってるにしろ、俺は結果的には引きこもることが許され、
嫌な環境から逃げていられるんだから。

・・・・・・ということを、レイは言いたいんだろう。

104: 2016/03/05(土) 13:02:29.55 ID:MmTYItc1.net
「わかった?」

見計らったかのように、レイは短く訊いた。

「それとも、理解してもまだその世界の中で生きていたい?」

嫌な質問だった。
理屈ではなく、感覚的に、俺は逆らおうとした。

「俺は引きこもりを満喫してるわけじゃない」
「いまはこうしていられたって、いつまでもしてるわけにはいかないし」

言い訳みたいにそう言ううちに、引きこもりの高齢化みたいなニュースを連想した。

「このままずっと引きこもってるより、自殺した方が親だって楽だし」
「俺だって、おっさんになってまで引きこもりたくないし」

しゃべり続けるうちに、自殺の理由も曖昧になった。

105: 2016/03/05(土) 13:14:38.96 ID:MmTYItc1.net
「許されれば、あなたは一生引きこもっていたいの?」

ふと、レイが言った。

「そうじゃないけど・・・・・・」

話を引きこもりをした挙げ句の孤独死まで進めていた俺は、どきりとした。

「あなたはどうでもいいことばっかり考えるくせがあるのね」

これもなんとなくの気配だが、呆れたようにレイが言った。

「いまから老後を心配? むしろ、そこまで健康で長生きできるつもりなの?」

「いや、それは・・・・・・」

「自分の価値との引き合いに、アメリカ大統領まで出してくるし」
「身の程をわきまえたほうがいいと思う」

「・・・・・・」

106: 2016/03/05(土) 14:18:01.39 ID:MmTYItc1.net
「でも、それも現実が見えていない証拠ね」
「頭の中だけで生きてるから、そんな見当違いの心配ばかりするのよ」

レイはなかなか辛辣だった。

「脳みそで考えられることなんか、限られてるのに」

「じゃあさ」

あんまりな言われように、俺は考えるのを放棄したくなった。

「俺はどうすればいいの? 
 考えるのをやめたって、俺の〈現実〉は変わらないだろ」

「当たり前でしょ」
「そこまで馬鹿なの?」

強烈なカウンターパンチを食らってしまった。

107: 2016/03/05(土) 14:26:19.29 ID:MmTYItc1.net
「ここまでは前提よ」
「問題解決のための」
「算数で言えば、足し算や引き算の記号の解説をしただけ」

「記号の解説・・・・・・」

「そう」
「あなたが理解できたかどうかは別として、私は説明したつもり」

「じゃ、これから本題ってこと?」

「まだよ」
「一番大切なことを聞いてない」

「一番大切なこと?」

「そう」
「これだけは、私も教えることはできない」
「あなたが出すべきもの」

108: 2016/03/05(土) 14:35:50.55 ID:MmTYItc1.net
「俺が?」

何だか嫌な予感がした。
だいたい、俺は自分の意見を出すというやつが大の苦手なのだ。
班になっての話し合い、とか、学級会での発言、とか、
読書感想文だってうまく書けたためしがない。

だって、一学期のクラス目標だなんて俺は何だっていいし、
本の感想なんて、ほぼ面白いかつまらないの二択だ。
それを何でも良いから発言しろとか、何でも良いから書けとか言われても、困るだけだ。

109: 2016/03/05(土) 14:47:39.98 ID:MmTYItc1.net
それに、その「何でも良いから」って教師の台詞がトリッキーだ。
そうだろ?

あれ、その言葉を鵜呑みにして本当に思ったことを言ったりなんかした日には、
冷たい視線と最悪の待遇が待ってる。

小学校の頃、思ったことを素直に書けと言われた読書感想文で、
「蜘蛛の糸一本だけ地獄に垂らしてみせて、やっぱりムカついたから切るだなんて、
 お釈迦様はひどい人だと思いました」
って書いて、むちゃくちゃ怒られた俺が言うんだから間違いない。

110: 2016/03/05(土) 14:56:20.36 ID:MmTYItc1.net
「そんなに身構える必要はないわ」

珍しく柔らかい口調でレイは言った。

「言ったはずよ」
「私はあなたの手伝いはするけれど、それがあなたを助けることになるかはわからない」
「だから、あなたは何も気にせず、自分の答えを出せば良い」

「・・・・・・それで、俺は何を答えれば良いの?」

「それは、あなたの答え」
「あなたがこれからどう在りたいかの、答え」

「どう在りたいか?」
「何になりたいとか、進路とか、そういうこと?」

「違う」

レイはきっぱりと言った。

111: 2016/03/05(土) 15:05:19.70 ID:MmTYItc1.net
「あなたにもわからない、漠然とした遠い未来のことじゃない」

「つまり・・・・・・〈現実〉?」

そう聞き返すと、なぜかレイが微笑んだような気がした。

「そう。〈現実〉」
「あなたの手が届くくらいの、近い未来」
「そのとき、あなたはどういう状態で在りたいのか」
「それをはっきりさせることが必要」

「なぜ?」

俺は聞いた。けど、レイは答えなかった。

「答えは本当に何でも良い」
「引きこもりの生活をしていたい、でも構わない」
「どうしても自殺したい、でも」
「明日また私はここに来る」
「そのとき決まっていなかったら、またその明日」
「考えてみて」
「それじゃ」

112: 2016/03/05(土) 15:10:49.62 ID:MmTYItc1.net
怒濤のようにそう言うと、レイの気配はなくなった。
窓の外にはまた朝が来ていた。

俺はレイの言葉を繰り返しながら、ベッドにもぐった。
そうしながら、明日という日に期待している自分に気がついた。

〈明日、また私はここに来る〉

それは約束に違いなかった。
そして、それは同時に俺が失ってしまった人とのつながりに違いなかった。

113: 2016/03/06(日) 03:43:14.22 ID:vhmrIwJ8.net
とはいっても、その〈つながり〉は、細く頼りないものだった。

明日来る、レイはそう言ったけれど、本当に来る保証なんてどこにもない。
すべての主導権を握っているのは、レイだった。
彼女はほんの気まぐれ一つで、俺の前から消えることもできるのだ。
俺を、この白い画面の前に放置したまま・・・・・・

眠った後の、ぼんやりとした頭で考えたのはそんなことだった。
「蜘蛛の糸」で例えるなら、レイはお釈迦様で、俺は地獄の亡者なんだ。

114: 2016/03/06(日) 03:49:25.68 ID:vhmrIwJ8.net
だから亡者の俺は、遙か天上にいるお釈迦様が糸を切らないように、
少しずつ少しずつ、その顔色をうかがいながら上っていくしかない。

〈あなたの本当の答えなら、何でも良い〉

レイは昨夜、消える前に確かにそう言った。
だというのに、俺はもうそれを忘れかけていたんだ。

115: 2016/03/06(日) 03:55:50.81 ID:vhmrIwJ8.net
俺はそれからレイが現れるまでの時間、〈答え〉を探すことに夢中になった。

レイが気に入りそうな〈答え〉。
レイを満足させる〈答え〉。
レイをあっと驚かせるような〈答え〉。

それは簡単なことじゃなかった。
だって、俺はレイを知らない。
・・・・・・いや、この二日間で、俺は今までできた友達の誰よりレイと話しているから、
知らない、というのは間違ってる。

けど、あの無表情キャラの向こう側にいる〈本当のレイ〉は、
あれだけ話したというのに見えてこなかった。

116: 2016/03/06(日) 04:02:04.29 ID:vhmrIwJ8.net
もしかしたら、レイは本当にあのままの女の子なのかもしれない。

俺は自分でも知らないうちに、半分くらいはそう信じていたと思う。

だって、昔の自分をこう言うのも何だが、
俺は周りの現実が見えていない、頭でっかちの厨二だった。

だから・・・・・・ぶっちゃけて言えば、・・・・・・しょうがなくね?
不幸どん底の自分に手を差し伸べてくれる美少女の存在を信じちゃって、
それに恋心っぽいのを抱いちゃっても、仕方なくね?

117: 2016/03/06(日) 04:08:16.83 ID:vhmrIwJ8.net
レイからのつながりが細い蜘蛛の糸だってのに、
俺からレイへの矢印は、妄想に任せてぐんぐん大きくなっていた。

・・・・・・こういうところが、レイの言う〈自意識過剰〉の〈頭の中の世界の住人〉で、
それを何度も注意されてるというのに、浮かれた俺は気づかなかった。

〈あなたには生きる価値がある〉

そう言ってくれたレイが、俺のことを悪く思ってるはずもない。

118: 2016/03/06(日) 04:19:43.34 ID:vhmrIwJ8.net
〈あなたはどう在りたいのか〉

レイの質問そっちのけで、俺は彼女が現れるのを待った。
俺の自殺を止めたんだ。きっと、レイは俺に生きていてほしいに決まってる。
けど、もう俺は大丈夫だ、なんてことは例え嘘でも言えない。
なぜなら、そう言ったら最後、レイは俺の前から姿を消すかもしれないから。

それならなんて言ったら良いだろう。まだ自殺したいって言ってみるか?
それから、さりげなくレイ自身のことについて聞き出してみるか?
彼女の写真が見てみたい。けど、さすがにそれは引かれるか?

119: 2016/03/06(日) 04:27:19.96 ID:vhmrIwJ8.net
俺は本当に立派な〈頭の中の世界〉の住人だった。
そして、その世界の中で、俺とレイは相思相愛のカップルだった。
・・・・・・少しでも現実が見えてちゃできないことだ。
ほんとに、できることならあの頃の俺を殴り倒したい。

けど、この数年間でタイムマシンは開発されなかったし、
俺もタイムリープの能力を身につけることができなかったので、
あのころの俺は、馬鹿面さらしながら、思いっきり甘美な妄想に身を浸していた。

こんな俺に美少女の彼女ができたって知ったら、
学校の奴らはどんな顔するだろう。
これで俺は俺を馬鹿にした奴ら全員を見返すことができるんだ! ・・・・・・・ってな。


レイは真面目に聞いてくれてたってのに、俺は最低だ。

120: 2016/03/06(日) 04:31:37.55 ID:vhmrIwJ8.net
「答えは出た?」

ふいに画面が一行分、スクロールした。

レイだ。
俺は馬鹿みたいに顔を赤くしながら、キーボードに触れた。

「うん」

心臓はばくばくだった。

「出たよ」

さあ、ここからが勝負だ。

121: 2016/03/06(日) 04:37:06.40 ID:vhmrIwJ8.net
「俺、反省したんだ」

まず、殊勝なところを見せてみた。

「君の言うとおり、自殺なんかしちゃだめなんだ」
「俺だけじゃなくて、みんな」
「生きる価値があるんだからさ」

これはレイの話への迎合。
指が震えるから、文章は変に切れ切れになった。

122: 2016/03/06(日) 04:45:11.12 ID:vhmrIwJ8.net
話を全部聞いてくれるつもりなのか、レイは一言もしゃべらなかった。

「っていうか、君が気づかせてくれたんだ」

エンターキーを押してから、クサかったかと心配になる。
ってか、「君」って呼び方がクサいんだと思ったが、いまさら変えられないし、
ほかの言い方もわからない。名前を呼ぶのもなんとなく、だし。

「君が話しかけてくれたとき、俺、まさにヒモの輪っかに首を入れたとこでさ」

ここは少し話を盛った。そのほうが運命っぽいだろ?

「君に命を救われたんだなって」
「ありがとう」
「こんな俺を救ってくれて」

レイは沈黙を続けている。

123: 2016/03/06(日) 04:55:15.42 ID:vhmrIwJ8.net
「どうして俺を助けてくれたの?」
「いや、前にも聞いたけど、そういう意味じゃなくて」

この二行は、タイムラグができないように、あらかじめ書いてからコピって入れた。

「なんて言うか、生きる価値があるとか、誰にも言えることじゃないなって思って」
「すごいなって思っただけなんだけど」

レイの答えはない。

タイピングの遅さもあって、ここまで夢中で書き込んでいた俺も、
ようやくおかしいと気がついた。
「君も俺と同じだったのかななんて思ったりしたんだ」の、「君も俺と」までを
打ち込んでいた指が、ぴたりと止まった。

124: 2016/03/06(日) 04:58:17.75 ID:vhmrIwJ8.net
まさか。

そう思った瞬間、体中から血の気が引いた。

まさか、レイはいない? 去ってしまった?

慌てた指が、エンターキーを押した。

「君も俺と」

中途半端な言葉のかけらが飛び出して、俺のパニックに拍車をかけた。

125: 2016/03/06(日) 05:04:33.18 ID:vhmrIwJ8.net
「レイ、いる?」

俺は初めて彼女の名を呼んだ。

「あれ、なんか回線おかしい? 俺逃しかみえないんだけお」

確かめずにエンターキーを押すと、無様な言葉が表示されてた。

「俺のしか、見えないよ」

打ち直す間、みじめな気持ちに襲われた。

126: 2016/03/06(日) 05:10:39.54 ID:vhmrIwJ8.net
「どこ行ったんだよ・・・・・・」

打って変わってどん底の気分で、俺はつぶやいた。
この期に及んで、自分の何が悪かったのかなんて考えることもなかった。
レイの気持ちも考えず、気分よく自分語りした結果だってのに。

「君も俺を見捨てるんだ」

まだレイがいないと決まったわけじゃない。
ちょっと席を外してるだけなのかもしれない。
それなのに、自分のことしか考えられない俺は、被害妄想に陥った。

「君もみんなと同じじゃないか!」
「みんな俺を見捨てるんだ!!」

127: 2016/03/06(日) 05:16:59.18 ID:vhmrIwJ8.net
「みんな俺を見下してるんだ!」
「みんな俺なんか死ねって思ってるんだ!」
「うざくてキモくいクズなんか死ねって!」
「俺なんか死んだ方が世界のためなんだ!」

我ながら、醜いわめき方だと思う。
けど、あのときの俺はレイに捨てられたって感覚でいっぱいで、
ほかのことなんか何も考えられなかった。

〈生きる価値がある〉

そう言ってくれたのは何だったんだ、
それとも、それは全部嘘で、天上から俺をおちょくって笑ってたのか!
惨めさと、怒りと、悲しみとで、おれはぐちゃぐちゃになった。

128: 2016/03/06(日) 05:23:14.95 ID:vhmrIwJ8.net
いま、俺はこれを書くに当たって、あのときのログを見返している。
そうすると、驚くべきことに永遠にも感じたあのレイの沈黙は、
時間にしてたったの三十分ほどのことだった。

たったの三十分だ。

俺はその間、死ぬほど罵倒と卑下を繰り返した。
そうしながら、このまま狂い死にするんじゃないかと思った。
いや、そうなればいいと思った。
そして、俺が死んだことをレイは一生後悔すればいいと思った。

画面の向こうの彼女が、俺の死を知ることができるかどうかは置いておいて。

129: 2016/03/06(日) 05:38:22.24 ID:vhmrIwJ8.net
狂った俺を、レイが何を思いながら見つめていたのかは、いまも知る由がない。

俺に想像できるのは、あのキャラと同じく冷静なレイの表情だけだ。
ロボットのように感情がなく、設定されたプログラムだけを確実に遂行するような・・・・・・。

だから、レイが俺を見捨てなかったのは、
「俺を見捨てないこと」
それがレイに組み込まれたプログラムだったんじゃないかとさえ思えるほどだ。
それくらい俺はひどかったし、だというのにレイはそこに居続けた。

「私は、答えを聞くためにここへ来たの」

俺の罵倒に埋もれるように、たった一行、レイが言葉を放った。
それに気づいた瞬間、書きかけのクソみたいな文字を連ねる手が止まった。

その一言だけで、ヘドロと化していた俺は浄化された。

130: 2016/03/06(日) 13:56:48.38 ID:vhmrIwJ8.net
「よかった、いなくなったんだとおもっt」

恥も外聞もなくすがった俺を遮って、レイの冷たい言葉が並んだ。

「聞きたいのは、それだけ」
「けど、答えが出ていないのなら、また明日来る」

「え、でも・・・・・・」

俺は焦った。
せっかく会えたんだから、少しでも話がしたかった。
俺の話を聞いてほしかったし、レイのことが知りたかった。


でも、レイは一度言った言葉を覆したりはしなかった。

「また明日」

レイは言った。
それから、去り際に捨て台詞のように言った。

「あなたはすぐに、みんなが、みんなが、って言うけど、その〈みんな〉って誰?」
「何度でも言うわ」
「頭の中で生きるのをやめて」

その言葉を最後に、画面はぴたりと動かなくなった。
俺は今度こそ、レイが去ったことを知った。
けど、さっきのようにパニックにはならなかった。
レイはまた約束を残してくれたから。

131: 2016/03/06(日) 14:14:53.40 ID:vhmrIwJ8.net
俺の胸には、大波が去ったあとの凪が広がった。

蜘蛛の糸が切れなかったことに、大げさじゃなく俺は感謝した。
今日は去ってしまったけれど、レイは明日も来てくれる。
それはもはや、俺の生きる意味だった。
それがたった一日二日の出来事であっても。

それは俺がレイの言うとおり、〈頭の中の世界〉で生きていたからにほかならないだろう。

〈頭の中の世界〉では、時間の経過や常識的な尺度なんかは通用しない。
だって、そこは俺が創り出した世界だ。
優先順位は、世界の主である俺が決める。
そして、いま、そのトップに輝いているのがレイの存在ということなのだ。

132: 2016/03/06(日) 14:23:38.41 ID:vhmrIwJ8.net
俺はしばらく画面の前でぼうっとしていた。
そうして、彼女の後ろ姿を眺めていた。
それから、おもむろに立ち上がり、部屋の扉を薄く開けた。

そこには丁寧にラップのかけられたサンドイッチが置かれていた。

そこに誰もいないことを素早く確認すると、
俺はサンドイッチをわしづかみし、再び部屋の中に引っ込んだ。

中身も見ずに一口ほおばると、たらこバターの味が広がった。
小さい頃、俺が好きだったたらこスパゲッティを
そのままサンドイッチにしたような味だった。

133: 2016/03/06(日) 14:29:34.55 ID:vhmrIwJ8.net
あの頃の味を食べれば、○○(俺)も部屋から出てくるかもしれない。

・・・・・・そんな母親の意図のこもった味だった。

レイが聞いたら、被害妄想だと言うだろうか。
けど、俺の母親に関しては、俺の方が正しい。

そんなひとすくいの砂くらいじゃ、何も埋まらんだろ!

そんな突っ込みをしたくなるくらい、
遠回し遠回しに外堀を埋めてくる親なんだ。

134: 2016/03/06(日) 14:34:51.03 ID:vhmrIwJ8.net
そんな意図を感じながらじゃ、サンドイッチも美味くはなかった。
けど、腹が空いた俺はそれを飲み込む勢いで口に入れた。

たらこバター臭のゲップが出た。

「〈みんな〉って誰なのよ」

同時に、レイの言葉が頭に浮かんだ。

少なくとも、母親は俺のことを見捨ててなんかない・・・・・・か。

俺はしぶしぶそれを認めた。

135: 2016/03/06(日) 14:41:14.67 ID:vhmrIwJ8.net
「それなら、〈みんな〉って、誰?」

頭の中のレイがそう言った。
それが文字よりもさらに冷たく聞こえるのは、俺の妄想だからだろうか。

「〈みんな〉は、〈みんな〉だろ」

相手が頭の中のレイだから、俺は強気にそう答えた。

「俺以外のやつらだよ。大勢の他人だよ」

「でも、あなたのお母さんは〈みんな〉に含まれてないんでしょう?」

「まあ、でもそれは親だから」

「親なら無条件であなたの味方であるべき?」

「そりゃそうだろ。親の勝手で俺は生まれたわけだからさ」

「それって本気?」

「本気だよ。・・・・・・っていうか」

どうして俺は頭の中のレイにさえ、言い負かされようとしてるんだ?

136: 2016/03/06(日) 14:53:47.69 ID:vhmrIwJ8.net
「親は子供を育てる責任があるんだ。そんなの当たり前だろ」

俺はさらに強気で言った。

「俺は産んでくれなんて頼んでない。
 ってか、こんな人生なら、生まれない方が断然よかった」

「おめでとう。また、自殺の理由が増えたわね」

レイのあの無表情に、微かな嘲笑が浮かんだ。

「生まれてこない方がよかったなら、いま死んで当然だものね?」

「何が可笑しいんだよ」

「何も。でも、あなたが生まれたのが完全なる親の意思なら、
 いま無価値なあなたを殺すのも、親の意思であるべきじゃないかって、
 ただそう思っただけ」

「親が、俺を殺す?」

「そう。あなたの論理で言えば、そういうことにならない?
 あなたの命は親のもの。それをクズなあなたが勝手にしていいのかしら」

137: 2016/03/06(日) 15:00:11.81 ID:vhmrIwJ8.net
「うるさい! そんなことになるわけないだろ!」

俺は叫んだが、それは敗北を宣言したのと同じだった。

「クズはクズね。あなたに希望を託したご両親も、気の毒に」

頭の中のレイは狂ったように笑った。
笑い声はぐるぐる渦を巻くようにこだまして、俺の気まで狂いそうになった。

「うるさい、うるさい、うるさい!」

頭から毛布をひっかぶって、俺は叫んだ。
けど、高笑いは消えることがなかった。

〈頭の中の世界から、出て〉

小さく、本物のレイの声が聞こえたような気がしたが、
そのときにはもう手遅れだった。

俺はその日一日を、頭の中の狂ったレイとのやりとりに費やした。

139: 2016/03/07(月) 03:32:29.02 ID:muQilJab.net
そんな一日を過ごした俺が、満足に眠って次の日を迎えられたわけもなかった。

「答えを聞かせて」

夜中、再びレイが現れたときには、俺の精神状態は最悪で、
彼女の言う〈答え〉なんて、まるで頭になかった。

「俺はクズだ。クソだ。おまえだって本当はそう思ってんだろ!」

頭の中のレイに狂わされた俺は、本当に狂いかけてたんだと思う。
レイのことを「おまえ」呼ばわりするほどに。

140: 2016/03/07(月) 03:40:38.42 ID:muQilJab.net
「他人の〈本当〉なんてどうだっていい」
「前にもそう言ったはずよ」

それが〈答え〉じゃなかったにも関わらず、レイはなぜかそう答えた。
おまえ呼ばわりしたことにも、俺が昨日とまったく変わってないことにも触れもせず。

けど、攻撃的になっていた俺は、そんなことに気づきもしなかった。

「どうだっていいわけないだろ!」
「俺を笑って、おちょくって、馬鹿にして!!!」

そして、ネットでは当たり前の、けれど現実では吐いちゃいけない言葉を吐いた。

「死ねよ!」
「おまえなんか死んじまえ!」
「俺を馬鹿にする奴らは、全員死ね!」

141: 2016/03/07(月) 03:44:31.39 ID:muQilJab.net
それが熱の塊のような言葉だったからだと思う。

エンターキーに指を叩きつけたその瞬間、俺の頭はサッと冷えた。

やばい。
そう思った。

俺は頭の中のレイじゃなく、〈現実〉のレイを相手にしていることに気づいたんだ。

142: 2016/03/07(月) 03:49:57.08 ID:muQilJab.net
「あの、ごめん、」
「そんなつもりじゃ」

次の瞬間、俺は二重人格かってくらい気弱な言葉を吐いた。

「その、君にまでそんなことを言うつもりは」
「っていうか、そうじゃなくて」

俺は謝罪の言葉っぽいものを並べ立てた。
けど、そのときは気づいてなかったけど、これは謝罪なんかじゃなかった。
なぜなら、俺は「死ね」と言われたレイの気持ちなんか、これっぽっちも考えてなかったから。

俺は俺が演じた失態を馬鹿みたいに取り繕ってるだけだった。

143: 2016/03/07(月) 04:01:55.51 ID:muQilJab.net
当たり前のことかもしれないが、きっと、レイはそれがわかっていたと思う。
わかっていて、それでいて見て見ぬふりをしてくれたんだと思う。
・・・・・・もちろん、いい方にとれば、かもしれないけど。

とにかく、レイは「死ね」って言葉にはそれほど動じなかった。
代わりに、彼女はこう言った。

「あなたにそう言われても、私に死ぬ義理はないわ」
「言葉なんてそんなもの」
「他人の本心なんてそれ以上にどうでもいいこと」
「見えないし、聞こえもしないのだから」

それから、一呼吸置いて続けた。

「〈現実〉に手を出されない限り」

144: 2016/03/07(月) 04:14:25.76 ID:muQilJab.net
「〈現実〉に手を出されるって・・・・・・」

得体の知れない予感に、背中に寒気が走った。
俺はなんとはなしに、後ろを振り返った。
けど、もちろんそこにはドアがあるだけで、誰の気配もない。

それでもしばらくドアを見つめてから、もう一度画面に目を戻すと、
そこには新しい文字が並んでいた。

「あなたがその〈本心〉とやらで何を思っていようと、私は痛くもかゆくもない」
「〈現実〉に危害を加えられるわけじゃないから」
「あなたに私は殺せないから」

殺す。

自殺も、「死ね」も、命が失われるという意味では同じだというのに、
俺は画面の前で固まった。

145: 2016/03/07(月) 04:23:23.71 ID:muQilJab.net
「でも、だって、」
「心の中ででも憎まれてる相手と仲良くなんかできないだろ?」

動揺した俺は、反論を試みた。

「死ねって思われながら、友達でなんかいられないし」

「逆に聞くけど、どうして自分を憎む相手と仲良くしようと思うの?」
「そういう性癖?」

「いや、それは・・・・・・」

俺ははっとしながらも、性癖なんて言葉をさらりというレイにどぎまぎした。

146: 2016/03/07(月) 04:44:54.77 ID:muQilJab.net
「でも、こんな俺と友達でいてくれるだけありがたいっていうか・・・・・・」
「ぼっちはいやだし」
「そいつにもいいところはあるし」

俺が思い浮かべていたのは、もちろんあいつだった。
俺がいじめられた瞬間、何の関係もなかったかのように振る舞ったあいつ。

少なくとも、俺は友達のつもりだった。
よく知らないアニメの話にもつきあって、
もっとわからない声優?の写真集も一緒に買いに行った。

あいつらが俺をいじめてなきゃ、いまでも友達だったと思う。
友達だと思ってる。

そう言うと、レイは冷ややかに言った。

「そう」
「じゃ、その人はさっきの暴言の対象外なのかしら」
「さっきの、俺を馬鹿にする奴らは死ね、っていう」

147: 2016/03/07(月) 04:50:29.83 ID:muQilJab.net
「それは・・・・・・」

俺は口ごもった。

「それは勢いで言ったっていうか、なんていうか」

「〈本心〉じゃない?」
「だから、許される?」

それだけでも皮肉だって言うのに、レイはもっと辛辣に言った。

「それとも、自分だけは許してあげる?」
「いいのよ、誰でも自分には甘いものだから」

148: 2016/03/07(月) 04:58:50.47 ID:muQilJab.net
「他人の臭いは気になるけど、自分の臭いは気にならないのね」
「でも、そういうものよ」
「それなら、問題は臭いじゃないわ」
「他人の臭いを気にすること。そう思わない?」

「俺もほかの奴らと同じだって言うのか?」
「俺を馬鹿にする奴らと?」

「違いがあるなら、そうね」

レイは俺の問いを暗に肯定して言った。

「あなたは誰よりも自分のことを大切に思ってる」
「そういうことかしら」

149: 2016/03/07(月) 05:00:07.23 ID:muQilJab.net
「俺が、自分のことを大切に思ってる?」

意味がわからずに、俺は聞き返した。

だって、俺はたった三日前、自殺しようとした人間だ。
この世から自分を抹消しようとした人間だ。
それが、自分を大切に思ってるって?

本当に意味がわからない。

150: 2016/03/07(月) 05:06:15.81 ID:muQilJab.net
「あなたは脆い」

レイは言った。

「それは、あなたが脆くありたいと思っているから」
「そのほうが格好がいいと思っているから」

「そんなこと・・・・・・」

「あなたは傷つきやすい」

俺を無視してレイは続けた。

「それはあなたが敏感でありたいと思っているから」
「それが自分の特性で才能だと思っているから」

151: 2016/03/07(月) 05:11:59.30 ID:muQilJab.net
「そんな、才能なんて・・・・・・」

否定しながら、俺は思い当たる節を感じていた。

他人の心が読める俺。
そうして読めてしまうからこそ、敏感で傷つきやすい俺。
悪意の中を他人が平気で生きていられるのは、
俺のように鋭敏ではなく、鈍感だからだ。

俺はそう感じていた。

152: 2016/03/07(月) 05:14:56.87 ID:muQilJab.net
「けど、それが俺だよ」

確かめるように、俺は言った。

生まれつき鈍感で身勝手な奴らがいるように、
俺は生まれつき鋭敏で繊細なんだ。

そういうこともあるだろ?
足が速いとか、遅いとか、そういうような、生まれ持っての違いってのは。

153: 2016/03/07(月) 05:24:48.30 ID:muQilJab.net
「違う」
「そんなのはただの恥ずかしい妄想よ」
「あなたがそう信じ込んでいるだけ」
「人間なんて、みんなそう変わらない」
「あなたも普通の人間の一人」

「普通の人間って・・・・・・」

俺は少し傷ついた。
そして、傷ついたと感じた自分が嫌だと思った。

けど、嫌だと思った自分も嫌に感じて・・・・・
それはつまり、俺は自分が特別な人間だと思いたがってるって証拠だった。

154: 2016/03/07(月) 05:30:01.15 ID:muQilJab.net
「でも、でも、俺は生きる価値があるって」

情けないかもしれないけど、俺は確認するようにそう言った。
それは俺が特別である証拠に思えた。

〈あなたには生きる価値がある〉
そういってくれたレイは、少なくともそう思ってくれてるはずだ。

そして、レイは俺の思った通りに答えてくれた。

「ええ」
「そう言ったわ」

けど、それからこう続けた。

「でも、それはあなたがほかの人間と比べて特別だ、という意味じゃない」

155: 2016/03/07(月) 05:41:34.74 ID:muQilJab.net
じわり、苦いものが胸に広がった。

俺は特別じゃない。

そう言われたことは、俺にとって「死ね」と言われたのと同じだった。

〈現実〉を考えれば、俺がレイにとって特別じゃないだなんて、当たり前のことだろう。
俺はたった数日前に出会った、しかも顔も見えないチャット相手なんだから。

けど、俺の関心がほぼ100%レイにあるというのに、
レイはそうじゃないってことが、俺には我慢できなかった。

ほんとどうしようもないな、俺。

156: 2016/03/07(月) 05:53:19.50 ID:muQilJab.net
「じゃ、君が言う〈生きる価値がある〉って、人間全員のことなのか?」

むっとした俺は言った。

「人類愛的な、っていうかさあ」

女子に「好き」って言われて舞い上がってたら、
「あ、異性としてじゃなくて人間性が」とか言われた気分だった。

いや、全然好きとか言われてないだろ、昔の俺よ。。。。。。

158: 2016/03/07(月) 06:10:04.34 ID:muQilJab.net
「生きる価値のない人間なんていない」
「前にも言ったはずよ」

「だから、俺にも価値がある?」

「そう」

「だから、自殺はいけない?」

「正しくない選択だと思うわ」

「じゃあさ、正しい選択って何だよ」

「正しい選択をするには、あなたの〈答え〉が」

「違う。俺じゃなくて、君の思う正しい選択って?」

ふてくされ気味の俺は、レイを遮って聞いた。
俺がレイの「特別」じゃないなら、焦らされるのは面倒だった。
それに、そんなことを聞いても、どうせレイは答えてくれないと思った。

けど、それは違った。

159: 2016/03/07(月) 06:19:59.37 ID:muQilJab.net
「言ったでしょう、命は平等よ」

レイは言った。

「あなたも、いじめっ子も、あなたを見捨てた友達も」
「みんなそれぞれ、一つの命がある」
「一回きりの人生」
「一度きりのゲームオーバー」

「誰も蘇ることはできない」
「不死身でもいられない」
「その命をどう使うのか、制限されることはない」
「戦争の最中でもない、少なくともこの日本においては」

160: 2016/03/07(月) 06:32:31.67 ID:muQilJab.net
「あなたはあなたの〈現実〉の範囲で、何でもできる」
「現にあなたはいま、ある選択をしている」
「いじめっ子から逃げるため、学校に行かないという選択」

「そして、それは引きこもりという現状につながった」
「でも、あなたは初めから一生引きこもる覚悟があったわけじゃない」
「それはとりあえずの、一時避難だったはず」

「けれど、あなたもうすうす気づいているはず」
「一度引きこもると、もう元には戻れない」
「その部屋は呪いがかかったようにあなたを閉じ込める」
「あなたは自分が望んでも、そこからでることができなくなる」

162: 2016/03/07(月) 14:03:00.39 ID:muQilJab.net
「呪いを破るためには、相応の代償が必要となる」
「けど、呪いが強まれば強まるほど、その代償は大きくなる」
「だから、いまのうちに、払うべき」

レイは息継ぎをするように黙ってから、言った。

「あなたをいじめた人間の命をもって」

163: 2016/03/07(月) 14:13:25.76 ID:muQilJab.net
これは何かの冗談だろうか。

そう思って、俺は現れた文字列を何度か読み返した。

慌てて読んだ俺が、文字の意味を飛ばしてるだけで、
よく読めば全然別の意味だったなんてことはよくある。(俺だけ?)

それに、レイの言い回しはなんとなく難しげなことがよくある。
だから、馬鹿な俺はそれを理解できずに・・・・・・

けど、どう考えてみても、それは文字通りの意味に思えた。

164: 2016/03/07(月) 14:18:06.97 ID:muQilJab.net
「えっと」
「どういう意味?」

そうする以外、どうしたらいいのかわからず、俺は聞き返した。

そうして打ち込まれた二行は、レイの言葉に比べるとものすごく間抜けだったが、
それはこの際、仕方なかった。

「わかるはずよ」

しかし、レイはあっさりと言い切った。

「あなたの問題を解決するには、その根本を断つ必要があるわ」

その根本を断つって、それってやっぱり・・・・・・

165: 2016/03/07(月) 14:29:53.64 ID:muQilJab.net
「簡単なことよ」
「あなたの命は一つ。彼らの命も一つずつ」
「あなたを自殺に追い込み、先に命を奪おうとしたのは、彼ら」
「ゲームはもう始まっている」

「でも、でもさ・・・・・・」

俺は反論を試みた。
けど、何にも言葉は出てこなかった。

それどころか、俺は・・・・・・認めたくないけれど、認めちゃいけないんだけど、
レイの言葉は俺の心に突き刺さっていた。

それを見透かしたようにレイは言った。

「あなたはこの問題を解決する必要がある」
「あなたの命を守るために」
「呪いがこれ以上強まる前に」

166: 2016/03/07(月) 14:38:56.60 ID:muQilJab.net
なぜ、このときレイの言葉は、あんなにも強く俺の心をとらえたんだろう。

いまでも俺はそう考えることがある。

初めてレイと話したとき、レイはそのときも俺にそんなことを言ったはずだ。
いじめっ子たちが消えることが正しい、そんなことを、犯罪めいた言い方で。

そして、俺はそれに反発したはずだった。
だって常識的に考えて、そんなの普通じゃない。
俺と、いじめっ子、どちらが消えるのが正しいか、なんて。

〈生きる価値のない人間なんていない〉

そう言ったのは、レイだったはずなのに。

167: 2016/03/07(月) 14:47:37.76 ID:muQilJab.net
そうだ、〈生きる価値のない人間なんていない〉んじゃなかったか?

そのときの俺も、レイの矛盾に気がついた。

ただ、それはいまの俺のように「だからそんなことしちゃだめだ」って思考には続かず、
単純な疑問として思い浮かべただけだった。

「でも、あいつらにも生きる価値があるんだろ?」

俺は聞いた。

「そうね」

すると、こともなげにレイは答えた。

「その質問にはこう答えるわ」
「あなたは船上にいて、いまにも溺れそうな二人を見下ろしている」
「一人は見知らぬ人。そして、もう一人は・・・・・・そうね、私」

「あなたの手には浮き輪が一つ」
「さあ、どちらを助ける?」

168: 2016/03/07(月) 14:52:13.76 ID:muQilJab.net
「それは・・・・・・」

「架空の話だから、お礼は言わないでおくわね」

答えも待たずにレイは言った。

「でも、そういうこと」
「生きる価値は同じでも、そこに差別は存在する」
「私はあなたを手伝いたい」

「・・・・・・それが正しいことだと思うから?」

「覚えていたのね」

レイの微笑む顔を、俺は久しぶりに想像することができた。

171: 2016/03/08(火) 03:25:56.53 ID:diu5J1c8.net
「あいつらを、殺す、、、、、、ってこと?」

俺はつぶやくように言った。

殺す。

実は、チャットにこの二文字を打ち込んだのは、俺が最初だった。
レイはいままで、それをはっきりと口には出してなかったんだ。
ほのめかすことはあったにしろ。

172: 2016/03/08(火) 03:31:52.85 ID:diu5J1c8.net
「でも・・・・・・どうやって?」

俺は手段を問いにした。

「どうやったら・・・・・・」

そうつぶやいた。

173: 2016/03/08(火) 03:39:55.32 ID:diu5J1c8.net
・・・・・・と、ここまでログを読み返すたび、俺は自分の言葉に毎度ぞっとさせられる。

だってこれは、このとき俺が口にしたのは、恐怖や不可能を表す言葉じゃない。

「どうやったら」

どうやったら、あいつらを殺せるだろうか。
どうやったら、それをやり遂げることができるだろうか。

それは人殺しを前提にした言葉だった。

わかってもらえるだろうか。
俺はこのとき越えちゃいけないハードルを無意識に飛び越えてしまったんだ。

174: 2016/03/08(火) 03:58:01.80 ID:diu5J1c8.net
それはなぜだったんだろう。
思い出そうとしても、うまく思い出すことができない。

でもきっとそれは思い出したくないからって訳じゃない。
ならなぜか。

きっと、あのときの俺には、何かをするのに確固たる理由や感情なんてなかった。
俺は潮に流されるままの空っぽの小舟だった。
何の主体性もなく、ぐるぐる同じ場所を回っているだけの。

レイの言葉は、そんな閉じた潮流に突然現れた、新しい流れだった。
そして、あのときの俺はタイミングよくその流れに入ってしまった。
以前の俺は入れなかったその流れに。

きっと、それだけなんだ。
俺の意思なんて、舟の流れる先を決められるほど確かなものじゃなかったんだ。

175: 2016/03/08(火) 04:01:29.50 ID:diu5J1c8.net
「私がいるわ」

静かに、レイが言った。

「私がいる」

「うん」
「ありがとう」

俺はなぜか礼を言った。
画面の向こうの名前も知らない誰かが、共犯者になった瞬間だった。

176: 2016/03/08(火) 04:10:30.06 ID:diu5J1c8.net
共犯者となったレイと、また明日の約束を交わすと、俺はベッドに潜り込んだ。
疲れているはずなのに、頭は覚醒しきっていて、すぐには眠れそうもなかった。

あいつらを、殺す。

それが怖いことだという感覚はもちろんあった。
けど、同時に背中がぞくぞくして、それは認めたくないけど、「快感」に似ていた。

しばらくは眠ろうと努力していたが、
結局俺はもぞもぞと起き出して、何ヶ月もしてなかったオ○ニーをした。

一回きりじゃおさまらなくて、数回はしたと思う。
それから、やっと疲れ切って眠りに落ちた。

177: 2016/03/08(火) 11:29:12.52 ID:diu5J1c8.net
次の夜、俺は青も変わらず廊下に置いてあった飯を食いながら、
パソコンの前でレイを待っていた。

今夜はおかかのおむすびに、じゃがいもが溶けかけた肉じゃがだった。

冷えてもうまいもんを置いとけよ、気が利かないな。

俺は感謝もせずにそれをほおばった。

178: 2016/03/08(火) 11:32:46.74 ID:diu5J1c8.net
青も変わらず× 相も変わらず○


けど、あのときの俺に、
「その飯、誰がどんな気持ちで毎日作ってんのかわかってんのか?」
って聞いたとしたら、きっと「わかってるに決まってる」って答えると思う。

何だろう。
そりゃ、他人の気持ちがわからないわけじゃないから、聞かれればそう答えられるんだ。

けど、それは本当に「わかってる」わけじゃなかったと思う。
それは質問されて初めて気づいたことだから。
それまでは、改まってそんなことを考えたりもしれないんだから。

自分のことに夢中で、他人(親だけど)のことなんてどうだっていい。
俺はまだ〈頭の中の世界〉の住人だった。

179: 2016/03/08(火) 11:43:20.66 ID:diu5J1c8.net
その俺が、いま、ほんの少しだけその世界から顔を出そうとしていた。

あいつらを殺す、という計画。

その方法がどういうものであれ、計画は俺の目を外に向けさせた。
自分のことだけを考えていた俺は、自分以外のことを考え始めた。

どうやったら、あいつらを殺せるか。
俺が苦しんだ以上に、あいつらも苦しめなきゃいけない。
だって、それが正しいことだ。それが正義ってやつなんだ。

あれこれ計画を想像するのは楽しかった。
何か新しいことを始めるとき、一番楽しいのはその計画だ。

ああでもない、こうでもない、あいつらの苦しむ顔を思い浮かべて、
俺はにやにやと笑った。

180: 2016/03/08(火) 11:54:16.49 ID:diu5J1c8.net
「推理小説のトリックを使うってのは?」

レイが来る前に、俺はチャットにそう打ち込んだ。

「やるなら、完全犯罪だろ。そうしないと、捕まるし」
「証拠とかを残さないでさ」
「理想は、仲違いさせて、あいつらが殺し合う的な?」

・・・・・・いまとなっては、ちょっと解説不能な考えだから、
ここは当時の台詞のまま、羅列するにとどめておく。

181: 2016/03/08(火) 11:56:48.87 ID:diu5J1c8.net
ほかにも、

「影武者をつくる」

だとか、

「学校内でのトラブルは消される」

とかいう文字が散見されるが、
同じく、まあ、いまとなってはよくわからん。。。

182: 2016/03/08(火) 12:09:09.10 ID:diu5J1c8.net
「目標は誰なのか」
「まずは、そこから」

不意に画面が動き、レイの言葉が並んだ。

「あいつら、あなたはそうひとくくりにするけれど」
「その全員に手を下すつもりなの?」
「その分、リスクは高まるけれど」

「たしかに・・・・・・」

俺が馬鹿なだけかもしれないが、レイの指摘はいつも的確だった。

183: 2016/03/08(火) 12:18:17.81 ID:diu5J1c8.net
「それなら、あいつだ」

すぐさま俺が名前を挙げたのは、主犯格のAだった。

ちなみに、ここではAとするが、
実際のログでは俺はやつのフルネームを書き込んでいる。
もし、チャットが誰かに見られたら・・・・・・なんて思いもしなかった俺の愚かな行為だった。

184: 2016/03/08(火) 12:26:12.65 ID:diu5J1c8.net
A。
名前を思い出すだけで、いまでもあいつのにやけ顔が頭に浮かぶ。

別のクラスではあったが、Aは同じ小学校出身で、
それまでチビだったくせに、中学に入ってから驚くほど身長が伸びたやつだった。
よく知らない俺でも、140センチが170くらいになったくらいの印象だったから、
本人はそれで一気に自信をつけたのかもしれない。
身長って、少し高いだけで女子にもモテるし。

今考えれば、だからAは背の低い俺をいじめたのかもしれない。
それまで感じてたコンプレックスを、俺にぶつけたんだろう。

けど、どんな理由があったとしても、いじめが許されるわけじゃない。

185: 2016/03/08(火) 12:28:55.41 ID:diu5J1c8.net
もちろん、悪いのはAだけじゃない。
その取り巻きも同罪だ。

だけど、Aに比べればそいつらはまだましと言えた。


「A、ね」

レイは言った。
このときばかりは、その冷たい言い方が気に入った。
レイがAを見下してるように聞こえたからだ。
俺は千人の味方をつけたような気分だった。

186: 2016/03/08(火) 12:34:18.08 ID:diu5J1c8.net
「彼の家を知っている?」

レイは聞いた。

「なんで?」

間抜けにも俺は聞き返した。

俺は〈頭の中の世界〉から、やっと鼻の先を出してるに過ぎなかった。
つまり、殺す殺すとわめいていても、トリックだ何だ考えていても、
現実の実行可能性なんて、これっぽっちも考えてなかったんだろう。

いまじゃ笑えるような、そうじゃないような。

187: 2016/03/08(火) 12:37:58.67 ID:diu5J1c8.net
「彼の家を知っている?」

レイは二度、同じ質問を繰り返すことになった。

「○○地区だと思ったけど・・・・・・」

「知らないのね」

「どこ、ってのは・・・・・・」
「誰かに聞けば知ってるかもしれないけど」

188: 2016/03/08(火) 12:46:27.23 ID:diu5J1c8.net
「誰かって誰?」
「あなたにそれを聞けるような人がいるの?」

レイの放った氷が胸に刺さった。
・・・・・・レイの職業は魔法使いなのかもしれない。

「いないけど・・・・・・」

うなだれた俺に、

「じゃ、調べる必要があるわね」

レイはあっさり言ってのけた。

189: 2016/03/08(火) 12:55:54.23 ID:diu5J1c8.net
「でも、調べるってどうやって・・・・・・」

「やりようはいくらでもある」
「本人を尾行する」
「その家を探してるふりをして、近所の人に尋ねる」
「SNSから情報を拾う」
「世帯主名から検索する」
「家が自営業をしていればもっと単純」

まじか。
ほかにもつらつらと並べるレイに、俺は驚いた。
個人情報って、意外とパソコンがない昔の方が堅かったりして。

190: 2016/03/08(火) 13:05:52.79 ID:diu5J1c8.net
「○○県○○市○○区○○○番地」

そのとき、ぱっと見覚えのある住所が並んだ。
とはいっても、途中までだ。うちの住所じゃない。

「これって・・・・・・」

俺はおずおずと聞いた。

「お望みの住所」
「彼の祖父は県会議員をしてるのね」
「自宅の隣が事務所になってたわ」

Aの祖父が県会議議員をやってたなんて、知らなかった。
あいつ、いいとこの坊ちゃんだったのか。
取り巻きも、それを知って金魚の糞をしてるんだろうか。

衝撃は徐々に苛立ちに変わった。

191: 2016/03/09(水) 03:24:31.47 ID:e4i9ERjX.net
「じゃあ、無理だろ」

少しでも気に入らないと、すぐに放り出したくなるところからも、
どんなに俺の意思ってやつがあやふやか、わかるだろう。

「県会議員の子供なんて殺したら、俺が社会的に抹殺されるじゃん」

完全犯罪を狙ってる段階で、この発言も解せない。


「子供ではなく、孫、ね」

レイは冷静に間違いを正した。

「それに、怖いならやめる?」

192: 2016/03/09(水) 03:29:25.44 ID:e4i9ERjX.net
「別にやめるとは言ってないけどさ」

俺はやっぱり日和見だった。
きっと、意思なんてない俺は、何でも強い方に流される。
この場合は、つまりレイの意思に。

「じゃ、続けるわ」

レイがそう言ってくれたことに、俺はほっとした。
もし、「続ける?」と疑問形で聞かれたら、俺はどうしたらいいのかわからなかったから。

193: 2016/03/09(水) 03:40:13.11 ID:e4i9ERjX.net
「家の場所を、ストリートビューで確認して」

「わかった」

俺は言われたとおりにした。
ネット時代ってのは便利だ。
部屋から一歩も出ないで、やつの家が見れるんだから。

「この、白い家?」

都会風の、小ぎれいな一軒家。
それを睨んだ俺に、レイは首を振った。

「違う、その右隣」

「これ?」

俺は画像を見直した。
そこにはほかとさして変わらないような、田舎の家が鎮座していた。
これが県会議員の家?

194: 2016/03/09(水) 03:47:31.68 ID:e4i9ERjX.net
「一口に県会議員といっても、いろいろある」

さしたる興味もないような口調で、レイは言った。

「中には本当のお金持ちもいるかもしれない」
「それとは逆に、負債を抱えた人も」
「破綻するまで誰も気づかないなんて、よくある話」

「そうなんだ・・・・・・」

俺は馬鹿みたいにそう言った。
それから、願わくばあいつの家が破綻して一家離散してしまえばいい、なんて思った。

195: 2016/03/09(水) 03:52:49.34 ID:e4i9ERjX.net
「もし、俺がハッカーとかだったらさ」

俺はここでも馬鹿っぷりを発揮した。

「あいつのじいさんのコンピューターとかに入り込んで、
 ちゃちゃっと不正の記録なんか見つけて、
 あいつらを社会的に葬ってやれるのに」

・・・・・・何言ってんだかわからんが、馬鹿だということだけはわかるな。

「住所一つ、調べられなかった人が?」

レイも間違いなく、いまの俺と同じ感想を抱いたらしい。

196: 2016/03/09(水) 04:01:44.52 ID:e4i9ERjX.net
「それから」

レイはさらに冷たく言った。

「目標をはっきりさせて」
「あなたは何をしようとしているの?」

「何を・・・・・・って?」

「あなたの目標は、なに?」
「Aではなく、Aの祖父を破綻させることなの?」
「目標を変えることは構わない」
「けれど、変えたなら教えてくれないと困る」

「えっと・・・・・・・」

ちょっと言ってみただけじゃん、俺は思った。
少しの冗談も許されないのかよ、って。

レイが誰のために聞いてくれてるのか、考えもせず。

197: 2016/03/09(水) 04:08:54.71 ID:e4i9ERjX.net
「Aだよ」
「Aを殺す」

ゲーム上で、今日はどのモンスターを狩りにいくのか、
そんな調子で俺は言った。

「だけど、そうやって不幸が降りかかるみたいのもいいかなって」

「そう」

言葉少なにレイは答えた。

「標的はA。変更はないのね」

「もちろん」

意味はないけど、力強く俺は答えた。
そうしたほうが、レイに良く思ってもらえると思ったからだ。
けど、この虚勢は一気に崩れることになる。

198: 2016/03/09(水) 04:15:04.93 ID:e4i9ERjX.net
「それじゃ、次の段階は観察ね」

「観察?」

嫌な予感に俺は聞き返した。

「そう」
「観察」
「目標を達成するには、彼の動きを正確に知る必要がある」
「違う?」

「ちょっと待ってよ」

俺は焦った。

「それって、」
「だって、俺が外に出て」
「「出るってこと?」
「それで、あいつを見張る?」
「無理」
「無理だって、」
「そんなこと、できない」

部屋の外にすら出たくないのに、あいつを見張るなんてもっと無理だ。
絶対気づかれて、、、考えたくもないような地獄を見ることになる。
そんなの絶対に無理だ。

199: 2016/03/09(水) 04:22:31.50 ID:e4i9ERjX.net
「無理?」

するとレイは冷ややかに言った。

「また計画変更なの?」

「違うよ、そうじゃないけど」

「それなら」
「最終的に、あなたはどうやってAの命を奪うつもり?」
「そこから出ることもなく」
「超能力でも使えるというの?」

・・・・・・そんなもの、使えるわけがない。
俺は意地悪なレイにむっとしながらも、どうしよう、そう思った。

200: 2016/03/09(水) 04:29:53.55 ID:e4i9ERjX.net
Aを殺す。

考えてみれば、それは限りなく物理的なことだった。

つまり、俺がここに引きこもったままじゃ、Aを殺すことなんかできない。
どんなに頭の中で策を練って、パソコンでレイと話し合っていても、
最終的には俺は外に出て、Aと対峙することになる。

もちろん、毒殺とか、手段によってはAに会う必要はないのかもしれないけど、
それでもAの家や学校に行く必要は出てくるわけだ・・・・・・。

そこまで考えて、俺はふと思いついた。

「殺人を誰かに頼むってのはどう?」

嘱託殺人ってやつだ。

201: 2016/03/09(水) 04:36:37.05 ID:e4i9ERjX.net
「そういうの、ネットで受け付けてるサイトがあるって聞いたことあるけど」
「そこで、俺の代わりにやってくれる人を見つける。ってのは?」

「聞きかじっただけの話でしょう?」
「そんなものを、安易に持ち出さないでほしい」

「でも、実際そういうのあるんだろ?」
「あるんならさ・・・・・・」

突き放すレイに、俺は珍しく食い下がった。
きっと、それだけ自分で手を下すことが嫌だったんだろう。

そりゃそうだ。人殺しなんて、できるもんならやりたくない。

202: 2016/03/09(水) 04:39:30.88 ID:e4i9ERjX.net
「そこまで言うなら、聞かせて」
「相応の報酬は用意できる?」
「お年玉を貯めたってレベルじゃないわよ」
「念のため、だけど」

いつものように、俺は撃沈した。

203: 2016/03/09(水) 04:44:55.43 ID:e4i9ERjX.net
「でも、どうしてAの行動なんか調べる必要があるんだよ」

それでも、どうしても外に出たくない俺は言った。

「あいつの行動なんて、だいたい知ってるよ」
「学校行って、放課後はだいたいゲーセンで」
「それより、どうやって完全犯罪にするのか考えた方がよくない?」
「あいつなんかのことで捕まりたくない」

「完全犯罪、ね」
「それなら、なおのこと詳細に目標の行動を知るべき」

レイも譲らなかった。

204: 2016/03/09(水) 04:51:07.33 ID:e4i9ERjX.net
「何でだよ。だいたいはわかるんだってば」
「家もわかったし。それで十分だろ」

「いいえ」
「それじゃ不十分もいいところ」
「目標を観察する」
「すべてはそこから」
「このままじゃ、本番のシミュレーションも不可能」
「運を天に任せることしかできない」

「でも・・・・・・」
「じゃ、どうやって殺すか考えるってのは?」
「ナイフでぶっ刺すとか、毒のませるとか、トリック使うとか」

馬鹿丸出しだから、一度、トリックから離れろと俺は言いたい。

205: 2016/03/09(水) 05:00:32.34 ID:e4i9ERjX.net
「手段は先に決めるものじゃない」

しかし、レイは言った。

「それはあとからついてくるもの」
「行動を起こしてみるのが先」
「そうすれば、何が必要で、何が必要じゃないのかがわかる」

「どういう意味?」

よくわからずに俺は聞いた。

きっと、それは俺のやり方と真逆とも言える方法だったからだと思う。
何か新しいことを始める際に、俺が選ぶ方法と。

206: 2016/03/09(水) 05:13:47.00 ID:e4i9ERjX.net
「パソコンの前で考えていても、答えは出ない」
「彼の動きもわからない」
「実際の彼を観察するべき」

レイはそう言ったが、俺はやっぱり実感がわかなかった。

なぜなら、ナチュラルにネット世代な俺は、
何をするにしてもまずパソコンを開くのが常套手段で、
たいていの場合、そこにはすべてが載っていた。(と、思っていた)

だって、夏休みの天気を毎日書くのをサボっても、
自由研究を自分で考えてやらなくても、
ネットにはすべてが載っていて、俺はそれをただ写すだけでよかった。

情報はすべてこの画面の中にあった。
だから、レイの言う「行動を起こす」というのは、
俺にとって「自分の足を使う」ことではなく、この部屋の中で画面に向かえばできることだった。

207: 2016/03/09(水) 05:30:47.45 ID:e4i9ERjX.net
「それは、〈行動を起こす〉とは言わない」

しかし、レイは言った。

「画面に向かって、誰かの書いた情報を眺めても、それは〈何かをした〉とは言えない」
「あなたは画面を眺めていただけ」
「ほかには何もしていない」

「でも、情報は大事だろ」

腑に落ちずに、俺は言った。

「何かを始めるには、情報が必要だし」

「そう言って、そんなに大層なことを始めたことがあった?」
「あなたは情報を調べて、何かしたような気分になっただけ」
「実際は、その椅子から立ってさえいないのに」

俺は小学生の頃、大冒険がしたくて、電車の旅を計画したことを思い出した。

そのときも、俺はパソコンの前にいて、時刻表や観光スポットを調べていた。
何日も調べて、俺は完璧な旅のしおりを作り上げた。

「それで?」

答えを知ってるくせに、レイは尋ねた。

「・・・・・・結局行かなかった」

俺は仕方なく答えた。

208: 2016/03/09(水) 10:18:20.05 ID:e4i9ERjX.net
「同じことをしていたら、二の舞を舞うだけ」
「この計画も実行せずに終わる」
「あなたはどうしたい?」

「も、もちろん、最後までやるさ」

言いながら、
「俺が何か最後までやり通したことなんてあったっけ・・・・・・」
そう思ったような気もする。

だって、部屋のそこら中に、
組み立てないままのプラモデルや、やりかけの参考書なんかが転がってんだ。
そう思わない方が不思議だろう。

「あなたに必要なこと」
「それはとにかくやってみること」
「考えるのはそれから」

「わかったよ。やればいいんだろ」

半ばやけになって、俺は言った。
けど、Aを尾行して観察するなんて、そんなことができると思えるわけがなかった。

209: 2016/03/09(水) 10:24:25.42 ID:e4i9ERjX.net
その夜は、早々にレイとの話を切り上げて、俺はベッドに寝転がった。

行動を起こす?
そして、Aを観察する?

無理だろ。

はっきり言って、めんどくさいことになったなと俺は思った。

Aを殺すって思いつきは、怖いけど最高だと思った。
あいつがこの世から消えてなくなる、こんな愉快なことはないだろう。
あいつの苦しむ顔をどうやって眺めるか、考えるのは幸せだった。

なのに、だ。
レイは考えるより、行動を起こせという。
この部屋を出て、Aを観察しろという。

Aを殺すためでも、そんなことしなきゃならないんなら、
はっきり言って自殺の方が数倍簡単に思えた。

210: 2016/03/09(水) 10:30:01.63 ID:e4i9ERjX.net
俺は穴の開いた壁を見上げた。

そこに結んであった首つりヒモは、いつまでもぶら下がってても不気味だから、
束ねて壁の穴に押し込んでいた。

あれを、もう一度使う?

ちらっと考え、俺は首を振った。
自殺なんかいつでもできる、自分にそう言い聞かせた。

気づかないふりをしていたが、俺はたぶんこのとき、もう死にたくなくなっていた。
なぜって、理由は簡単だ。
レイが俺のそばにいてくれるから。

211: 2016/03/09(水) 10:35:19.01 ID:e4i9ERjX.net
一人じゃなく、誰か向き合ってくれる人がいるって、ほんと重要なことだと思う。
俺だけじゃなく、きっと誰にとっても。

レイはいつでもあんなふうに冷たかったけど、
俺を見捨てることはしなかった。
絶対に見捨てない、そう確信を持てたわけじゃないが、
何時間も俺の話につきあい、明日の約束をしてくれた。

それは存在の肯定だった。
俺がここにいることを、レイは許してくれたんだ。

212: 2016/03/09(水) 10:40:08.02 ID:e4i9ERjX.net
少しだけ、外に出てみようか。

ほんのわずかだけだけど、俺はそう思った。

何もAの観察なんかしなくてもいい。
久しぶりに外に出るのもいいんじゃないか?

〈あなたに必要なことは、とにかく行動を起こすこと〉

レイの言葉が頭の中で繰り返された。
俺はベッドから起き上がった。

少しだけ、ほんの少しだけだ。

ドアノブに手をかける。
そして、俺はその行動の問題点に気づいた。

213: 2016/03/09(水) 10:47:40.42 ID:e4i9ERjX.net
バイクのエンジン音が近づき、カタン、郵便受けが音を立てた。

俺は時計を振り返った。
午前五時四十五分。
普通の人たちが目を覚まし、活動を始める時間だ。

普通のサラリーマンや、普通の学生、普通の主婦が起き出して、
一日を始める時間だ。

214: 2016/03/09(水) 10:55:34.34 ID:e4i9ERjX.net
だめだ。

俺はドアを背に床に座り込んだ。

心臓がばくばく音を立てている。
手のひらがじっとり汗でぬれて、足が小刻みに震えている。

〈あなたは自分が望んでも、そこから出ることができなくなる〉

レイの声が頭に響いた。

「うそだろ・・・・・・」

俺はリアルにつぶやいた。
だって、引きこもる前には、俺だって「普通の学生」だったわけで、
「普通の暮らし」をしていたはずだ。

それに、不登校を始めた頃は、普通にコンビニくらい行ったこともある。
だってのに、なんで俺はここから動けない?

215: 2016/03/09(水) 10:58:38.08 ID:e4i9ERjX.net
やばい、やばい、やばい、やばい・・・・・・

ぐるぐるとそんな文字が頭の中を回った。

これがレイの言ってた〈呪い〉ってやつか?
ってか、これ以上〈呪い〉が強くなったらどうなっちまうんだ?

俺はおびえた。

そういえば、重度の引きこもりはトイレにさえ行けないって話を聞いたことがある。
俺もいずれそうなっちまうのか・・・・・・?

216: 2016/03/09(水) 11:07:34.65 ID:e4i9ERjX.net
だめだろ、そんなの!

俺は思ったが、だからといってどうしたらいいのかわからなかった。

「レイ、俺、ここから出られない」

すがるようにパソコンに飛びつき、そう打ち込んだが、反応はない。

「レイ・・・・・・」

家の外に出て、他人の視線にさらされる。
そう考えただけで、動悸はひどくなった。

〈見えもしない、聞こえもしない他人の心なんてどうでもいい〉

必死な思いでログをたどると、そんなレイの言葉が見つかったが、
やっぱり俺はどうでもいいだなんて思えなかった。

結局、俺はいつものように毛布をかぶり、暗闇に逃げた。
この毛布をかぶるという行為も、部屋の中からさらに引きこもっているのだと考えると、
どうしようもなく辛かった。

217: 2016/03/09(水) 11:14:38.37 ID:e4i9ERjX.net
「出られない?」

次の夜、チャットに俺が大騒ぎした跡を見つけて、レイは言った。

「そうなんだよ」

俺は感情を込めて言った。

少々大げさに言っているという自覚は・・・・・・認めたくないけど、少しはあった。
でも、当然だろって気持ちも同時にあった。
だって、外に他人がいるって思うだけで、部屋から出られないんだぜ? 
明らかに異常だ。それを認めてほしかった。

218: 2016/03/09(水) 11:21:08.04 ID:e4i9ERjX.net
「動悸がして」
「冷や汗が出て」
「足なんか、もう震えちゃってさ」
「全然止まらないんだよ」

ここぞとばかりに俺は力説した。

すると、レイは意外なことを言った。

「午前六時に出てこれる?」
「○○公園で待ってるわ」
「ブランコのところ」
「それじゃ」

「え、それって」

動揺した俺が何度もタイプミスしているうちに、その日のレイは消えてしまった。

219: 2016/03/09(水) 11:27:07.93 ID:e4i9ERjX.net
〈午前六時、○○公園で〉

俺は何度もレイの言葉を読み返した。

これって、俺と会ってくれるってこと・・・・・・だよな?

降ってわいたような幸運に、俺は興奮した。

レイが俺と会ってくれる。
謎の美少女が、その姿を俺の前に見せてくれる!

220: 2016/03/09(水) 13:42:51.45 ID:bs7sZvDi.net

221: 2016/03/09(水) 14:13:35.84 ID:e4i9ERjX.net
>>220
保守ありがたい。いままでの人も。ありがとう。


レイに会える!

俺はそれから小一時間ほど、考え得る限りのことで一通り浮かれまくった。

服はどうしよう。
髪が伸びっぱなしなのは、帽子でごまかせるか?
それなら、風呂は? やっぱ入っていくべきか?
会ったら、まずなんて言う?
おはよう? それじゃおかしいよな。片手をあげるくらいでいいか?

どうでもいいようなことばっかだったが、あのときの俺には大事なことだった。

222: 2016/03/09(水) 14:17:53.31 ID:e4i9ERjX.net
このとき、もし、その約束の午前六時がすぐそこに迫っていたら、
俺は浮かれたまま出かけられたかもしれない。
昨日感じた動悸や冷や汗も何のその、レイに会いに家を飛び出したかもしれない。

けど、浮かれ終わった俺が気づくと、時間はまだ午前三時ごろだった。
約束までには三時間もある。
この三時間で、俺はあることに気づいてしまった。

そう、レイの約束は本当かどうか、ということである。

223: 2016/03/09(水) 14:25:47.00 ID:e4i9ERjX.net
まさか、俺を家から出すための嘘じゃないだろうな。

黒いTシャツに縞のシャツを羽織り、下はジーンズという、
当時の俺が思ってたイケてる格好で鏡の前に立ち、俺はふと考えた。

そういう実体のない疑いは、考え出すと止まらないもんだ。
俺はどんどんその疑いの虜になった。

224: 2016/03/09(水) 14:29:37.50 ID:e4i9ERjX.net
第一、だ。
○○公園で待ち合わせ、レイはそう言ったけど、そもそもそれはおかしくないか?

Aの家を探すときに、俺の住んでる場所に見当をつけたとしても、
どうしてレイがそこまで来れる?

だって、レイはインターネットの向こうの人間だ。
それが、たまたま俺の家の近くに住んでた、なんて偶然、ありえるか??

225: 2016/03/09(水) 14:34:44.92 ID:e4i9ERjX.net
いまからここまでの電車やバスが出てるなんてあり得ないし、
可能性としては車で来るっていうのはあるが・・・・・・
レイが車を運転できるような年だなんて、あまり考えたくはない。

いや、十八とか、二十歳とか、それくらいだったらアリか?

俺の思考はほんの少しそれた。

レイの顔が、綾波レイじゃなく、一瞬ミサトさんに変わった。

226: 2016/03/09(水) 14:37:53.17 ID:e4i9ERjX.net
まあ、ミサトさんでも、全然いけr・・・・・・

いやいやいやいや。

俺は自分でツッコんだ。

そういう問題じゃない。

問題は、レイが本当に待ち合わせ場所に現れるのか、だ。
俺をだますわけじゃなく、本当に来てくれるのか。

227: 2016/03/09(水) 14:40:18.13 ID:e4i9ERjX.net
俺が決断できないまま、時間は刻々と過ぎていった。

午前四時。

午前五時。

午前五時半。

俺の家から○○公園までは、徒歩で十五分。ダッシュで十分。

午前五時四十五分。

ああ、もう出ないと間に合わない。

228: 2016/03/09(水) 14:50:12.31 ID:e4i9ERjX.net
よし、行こう!

俺は土壇場でそう決めると、ドアノブを握った。
親が起きるのは、いつも六時過ぎだ。
けれど、俺は音がしないように、細心の注意を払ってノブを回した。

そのときだった。

カタン、郵便受けが音を立てた。

そうだ、昨日もこの時間に新聞配達が来たんだ!

見られるわけでもないというのに、俺は反射的に床に座り込んだ。
ややあって、バイクの音は遠ざかっていく。
けど、俺はしばらくそこから動けなかった。

時計の長針の立てた、やけに大きな音に顔を上げると、
それはちょうど五時五十分を指したところだった。

229: 2016/03/09(水) 14:55:17.41 ID:e4i9ERjX.net
まだ、走れば間に合う時間だ。

ばくばくいう心臓を抱えて、俺は必死で立ち上がろうとした。
けど、一旦縮こまってしまった体は言うことを聞かず、
時計はその間も進み続けた。

五時五十一分、
五時五十二分、
五時五十三分、、、、、、

行かなきゃ。

俺は震える足で立ち上がった。

まだ間に合う。
レイはきっと待っててくれてる。

230: 2016/03/09(水) 14:58:33.98 ID:e4i9ERjX.net
ドアが大きな音を立てるのも構わず、俺は部屋の外に飛び出した。
慌てたもんだから、久々の靴下を履いた足が廊下を滑って、
危うく階段からも落っこちそうになった。

後ろを振り返らずに、玄関に走った。
そして、思わず舌打ちをした。

やべえ、俺の靴がねえ。

231: 2016/03/09(水) 15:07:26.50 ID:e4i9ERjX.net
長い間、出てなかったんだから、それは当然と言えば当然かもしれなかった。
使わない人間の靴なんて、出しておいてもしょうがないんだから。

「あーもう・・・・・・」

俺は小さくつぶやきながら、手当たり次第に靴箱を開けた。
でも、慌ててるせいか、どっか奥にしまわれちまったのか、全然見当たらない。

「くそっ」

俺は口汚くつぶやくと、便所サンダルを突っかけて外に出た。
小学校の頃買ってもらったマリナーズの帽子を目深にかぶって、鞄も何も持つことなく。

初対面の女子に会う、というよりは、完全に不審者の格好だった。

232: 2016/03/09(水) 17:51:28.64 ID:yvwKBYoZ.net
ほしぅ

233: 2016/03/09(水) 23:23:06.43 ID:Tc+6/XJ/.net
完全に作り話だけど面白い
はよ

234: 2016/03/10(木) 03:15:20.86 ID:s7iJPSG6.net
>>232 ありがとう!
>>233 こんなサクサク作り話が書けるなんて、俺って才能があるみたいだ!(まじか!)


玄関ドアを開けると、当たり前だが、そこは外だった。
家の中の空気とは違う、なんか冷たいっていうか、さらっとしてるっていうか、
そう、新鮮な、っていうのが近いかな? そんな空気が俺を包んだ。

あたりはまだ暗かった。
近所の家の窓からは明かりが漏れていたが、道を歩く人は誰もいなかった。

午前六時に家を出るなんて、たぶんラジオ体操のとき以来だ。

俺は一瞬ぼうっと立ち尽くし、それから慌てて下を向いて歩き出した。
犬を連れたじいさんが角を曲がってこっちに来るのが見えたからだ。

235: 2016/03/10(木) 03:25:04.85 ID:s7iJPSG6.net
まあ、それで歩き出したはいいが、
じいさん&犬に驚いた俺が向かったのは、公園とは逆方向だった。

やばい。。。。。。

後ろを振り向けないまま、俺は後悔した。

ただでさえ時間に遅れそうだってのに、走らなきゃ間に合わないってのに!

どうして俺はとっさに歩き出しちまったんだろう。
じいさんを避けたいなら、もう一回、玄関の中に引っ込めばよかっただけなのに。
そしたら、いまごろ安全な場所に、ベッドに潜り込んでいられたのに。
とっさの二択で、俺は引き負けたんだ・・・・・・

236: 2016/03/10(木) 03:31:22.93 ID:s7iJPSG6.net
俺はぺったんぺったん音を立てる便所サンダルを見下ろした。

この格好で走ったら、まじやばいやつだよな。
ってか、不審者だって通報されたらどうしよう。
いや、とはいっても、チビの俺ならそこまで思われないか?
でも、家出だって思われても・・・・・・

頭の中を渦巻く思いに吐き気がしてきたときだった。

コツコツコツコツコツ・・・・・・

後ろからハイヒールが俺を追い越した。

うわあ、やべえ!

何がやばいかっていうと、その瞬間弾けたように走り出した俺が一番やばいんだが、
ギョッとしたように振り向いたハイヒールOL?を振り切るように、
俺は公園に向かって全速力で走り出した。

237: 2016/03/10(木) 03:41:57.13 ID:s7iJPSG6.net
突然、告白するが、実は俺はお化け屋敷が大嫌いだ。
白塗りお化けの中身がただのバイトだって知ってても、だめ。
パニックになってとにかく叫びながら、出口に突進していく。(それが入り口の場合もある)

だから遊園地バイトの方々には、まあ迷惑な人間なんだが、
このときの俺の状況もそんな感じだった。

家の外は、俺にとって、でっかいお化け屋敷だった。
通行人は全員お化けで、俺をとり殺そうと追いかけてくる。

だから、俺は逃げなきゃいけなかった。
レイのいるその出口、つまり公園に。

辛うじて奇声は押さえながら、俺は走った。便所サンダルで。

238: 2016/03/10(木) 03:48:38.08 ID:s7iJPSG6.net
そのせいか、それとも引きこもって体力が落ちているせいか、
足は思うよりも重く、全然前に進まなかった。
すぐに脇腹が痛くなり、息が苦しくなった。

それでも、お化けから逃れようともがくうちに、緑色のフェンスが見えた。

公園だ。

赤信号を無視して道を横切ると、俺は公園に飛び込んだ。
入れ違いに、今度はおばさん&犬が通り過ぎたが、
安堵の気持ちからか、俺はそこまでパニックにはならなかった。

240: 2016/03/10(木) 03:56:17.98 ID:s7iJPSG6.net
俺は足を緩め、遊具の方へ向かった。

この公園は広くはないが、常緑樹の木と岩?でエリアが遮られている。
手前は滑り台が一つだけ設置されたエリアで、
道なりに進むと真ん中に岩?のエリア(なんか謎だけど岩が並んでるんだ・・・・・・)と
右側にタイヤでぐるぐるするやつ、
その向こうに、公園内のどこからでも見える時計台が設置されてる。

ブランコは、その時計台のある広場の一角にあったはずだ。

241: 2016/03/10(木) 04:01:12.74 ID:s7iJPSG6.net
気は進まない。
けど、一応、ここはレイのためにも、きちんと公平を期すために言っておく。


そのとき、時計台の時計、その長針は数字の「4」を指していて、
つまり、時刻は午前六時二十分だった。

レイの言った時間は、午前六時。

俺は約束に二十分も遅れていた。

242: 2016/03/10(木) 04:06:11.36 ID:s7iJPSG6.net
でも、俺はそこにレイがいると信じて疑わなかった。

だって、そうだろ?
レイは約束してくれた。
どこか遠くに住んでるかもしれないのに、わざわざこの公園まで来てくれるって。

それが、二十分遅れたくらいで、さあ。


どきどきしながら、俺は木陰からその方向を覗いた。

広場では、何人かのじいさんばあさんが体操をしていて、
その向こうのブランコには人影がなかった。

243: 2016/03/10(木) 04:08:59.24 ID:s7iJPSG6.net
いない。


そう思った瞬間、さああっと全身から血の気が引く音が聞こえたような気がした。

いない。

俺は目をこらして、まるで間違い探しでもするみたいにブランコのあたりを見た。

いない。

木陰の俺を、一人のばあさんが見とがめた気がして、俺は顔を引っ込めた。

244: 2016/03/10(木) 04:13:42.86 ID:s7iJPSG6.net
いない、レイがいない。

俺の体をここまで引っ張ってきた力が急激に失われて、俺はふらふらと踵を返した。
けど、そのままじゃやっぱり帰ることもできなくて、
何回も場所を変えてブランコの方を見た。

けど、結果は同じだった。

レイはいない。
来てくれなかった。
約束したのに、俺はそれを信じたのに、レイは嘘をついたんだ。

245: 2016/03/10(木) 04:18:38.43 ID:s7iJPSG6.net
このとき、あの広場で体操してたじいさんばあさんに一言聞いていれば、

「誰かを待ってる風な人がいませんでしたか」

そう勇気を出して聞いていれば、と俺は今でも悔やんでいる。

そうすれば、レイが本当は何者で、なぜ俺の前に現れたのか、
少しはその理由がわかったかもしれないと思うからだ。

もちろん、わかってどうなるってこともないかもしれない。
けど、すべてが過去になってしまったいま、俺はそれだけを悔やんでるんだ。

246: 2016/03/10(木) 04:30:54.50 ID:s7iJPSG6.net
まあ、それから・・・・・・公園に放置された格好の俺がどうやって家まで帰ったのか、
それはあんまり面白くもないから端折ることにする。

時間が経ち、人が増えてきた町を、俺が胸を張って帰れたはずもない、ということだけ。

とにかく、それが運がよかったのか悪かったのか、
考えられないような時間をかけて俺が家にたどり着いた頃には、
親はとっくに会社に出かけて、家はもぬけの殻だった。

家の鍵は開けっ放しにして出て行ったが、
まさか俺が外に出たとも思わずに、自分が閉め忘れたとでも思ってくれたんだろう。

鍵は閉まっていたが、俺は外に置いてある合い鍵で中に入った。
くたくたに疲れてはいたが、眠れそうになかったので、
冷蔵庫の中からビールを一缶拝借してみた。

初めて飲んだビールは、まずくて酔っ払えるようなもんじゃなかった。
俺はそれ半分以上残したまま、眠った。

247: 2016/03/10(木) 04:35:43.01 ID:s7iJPSG6.net
次の夜。

寝ても起きても、俺の心は傷ついたままだった。
俺はパソコンの前でレイを待った。
そして、最低の言葉を選りすぐった。

俺が傷ついたのと同じくらい、レイを傷つけてやろうと思ったんだ。

248: 2016/03/10(木) 04:40:09.61 ID:s7iJPSG6.net
ぽーん

音がして、レイが現れた。

「この嘘つき」
「クズ、クソ」
「裏切り者」
「俺を操って楽しいか?」
「俺がどんな思いであそこまで行ったと思う?」

書きためておいた言葉を、怒濤のようにコピペした。

249: 2016/03/10(木) 04:46:51.82 ID:s7iJPSG6.net
「俺が苦しむのを、笑ってみてたのか?」
「おまえもAと同じなのか」
「俺を馬鹿にして、こそこそ陰で笑って」
「最低だ!」
「人間としてやっていいことと悪いことがあるだろ」
「俺は約束を信じたんだぞ!」

コピペし終わると、俺は一息ついた。
言ってやったぞ、変に満ち足りたような気分だったかもしれない。
言い返せるもんなら言い返してみろ、そんなふうに思ってたかもしれない。

けど、レイの反応はいつもとあまり変わらなかった。

250: 2016/03/10(木) 04:58:57.51 ID:s7iJPSG6.net
「謝罪を期待した私が馬鹿だったかしら」

「謝罪?」
「なんで俺が」

嫌な感じがした。

レイを前にすると、なぜだかいままで見えなかったものが見えるようになる気がする。
それはきっと、レイは俺に感情を抜きにした、〈現実〉を見せてくれるからだった。
そして、このときのレイもそうだった。

「約束を破ったのは、あなた」
「午前六時、私はあそこにいた」
「あなたは姿を見せなかった」
「私が知っているのは、それだけ」

淡々と言われて、俺は詰まった。
だけど、俺はまだ言い足りてなかった。

251: 2016/03/10(木) 11:03:35.68 ID:s7iJPSG6.net
「俺だって、行ったよ!」
「すげえ一生懸命努力してさ」
「俺、ずっと家の外なんて出たことなかったんだぞ」
「それを、君が待ってるからってさ」

「でも、あなたは現れなかった」

にべもなく、レイは言った。
その思いやりのない言葉に、俺は少しキレた。

「俺だって努力したんだ!」
「実際、公園にも行った!」
「そりゃ、結果的には遅刻したかもしれないけど」
「俺がどれほど大変だったか、少しは考えてくれてもいいんじゃないか?!」

252: 2016/03/10(木) 11:08:52.16 ID:s7iJPSG6.net
「その努力は私には見えない」

しかし、レイの返事はさらに思いやりのないものだった。

「私にとっての事実は、一つ」
「私は行った。あなたは来なかった」
「それだけ」

「俺の努力は見えない? 努力なんて見えるもんじゃないだろ!」

俺は怒鳴った。・・・・・・怒鳴るような勢いでエンターキーを打ち込んだ。

253: 2016/03/10(木) 11:19:36.83 ID:s7iJPSG6.net
けど、やはりレイは動じなかった。

「あなたが私の前に現れること」
「それがあなたの努力が可視化したということ」

「どういう意味だよ!」

俺はやはり怒っていた。
しかし、レイはいつもの調子で続けた。

「〈努力をした〉」
「人はその言葉をよく口にする」
「他人に認められたいから」
「その欲求を否定するつもりはない」

「けど、その言葉を聞くたび、私はこう思っている」
「〈努力は申告制〉」
「その本人の感じ方次第」

「日に一時間、何かしたことを〈努力した〉と言う人もいれば」
「十時間やって〈努力した〉と言う人もいる」
「どれだけ集中しているのかもわからない」
「だから、努力は本人の申告制」
「他人である私に、あなたがどれだけ〈努力した〉かを計る術はない」

254: 2016/03/10(木) 11:27:08.97 ID:s7iJPSG6.net
「〈努力は申告制〉・・・・・・?」

「そうよ」

涼しげなレイの言葉に、俺はぽかんとした。

〈努力した〉という言葉が他人に受け入れられないなら、
それなら、〈努力〉するは無駄なことなのか?

つまり、結果が出なければ、どんなに努力したって無駄だって言いたいのか??

「そうは言っていない」

俺の疑問を、レイは否定した。

255: 2016/03/10(木) 11:42:24.34 ID:s7iJPSG6.net
「〈努力〉は目標への道のり」
「積極的にするべき」

「けど、そんなのやっぱおかしいよ」

俺は言った。

「だって、君が言ってるのは、結果が出なきゃ〈努力〉を認めないってことだろ?
 世の中には結果が出なくても、本当に〈努力〉を人だっているはずだ」

もちろん、それは俺だ! なんて言うつもりはないけど、
例えばオリンピックに出たくて努力してる人たちが、全員、そこに出られるわけじゃない。
選考から漏れる人が必ずいる。
そして、それは(たぶん)才能とかの差であって、努力の差じゃないはずだ。

でも、出場できなければ、結果は出たことにならない。
レイはそういう人の努力まで否定するつもりだろうか。

256: 2016/03/10(木) 11:49:07.84 ID:s7iJPSG6.net
「オリンピック選手ね」

レイは俺の質問に答える前に、少し皮肉を言った。

「あなたはもう少し身の丈に合った想像をしたほうがいいと思う」
「すぐにトップの人たちと自分を並べるのは、いいことだとは思わない」
「目指すべき位置に彼らを置くならいいのだけれど」

「・・・・・・どうせ俺は底辺の人間だよ」

「そうやって、自分を貶めるのもあなたの悪い癖」
「トップはいても、底辺はいない」
「私はそう思ってる」

俺の自嘲を、レイは真面目に諭した。

257: 2016/03/10(木) 11:59:54.47 ID:s7iJPSG6.net
「それで、あなたの質問だけど」

レイはすぐに話を戻した。

「結果がすべてだとは思わない」
「努力しても報われないことは多い」
「けど、その努力は認められるべき」

「さっきと言ってることが違うだろ」

俺は顔をしかめた。

「さっきは、結果=努力が可視化した状態って言っただろ。
 結果が出ない努力は計れないって。
 その計れない努力を、どうやって認めるんだよ」
「〈自己申告制〉の努力をさ」

258: 2016/03/10(木) 12:15:35.61 ID:s7iJPSG6.net
「努力を計る術はない」
「正確には」
「それは本人にしかわからないこと」

「じゃ、やっぱり・・・・・・」

「けど、努力には見えるものもある」
「他人は、そういうものを指標にするしかない」
「受験勉強なら、解き終えた参考書の数」
「スポーツなら、練習量」

「それが他人に見える努力」
「本当に努力をしているなら、必ず記録としてあとに残るもの」

259: 2016/03/10(木) 12:25:07.57 ID:s7iJPSG6.net
「でも、じゃあ俺の努力はどうなるんだよ」

俺は今朝の自分を思い浮かべた。

確かに、約束の時間には間に合わなかった。
けど、俺は努力した。
引きこもってた部屋を飛び出して、
ほとんどパニックになりながら公園に行った。

「その俺の努力はどうなるんだよ。
 何の記録も残らないし、結果も出せなかった。
 なら、俺はなにもしてないってことになるのか?
 俺の努力は全部無駄だったのか?」

260: 2016/03/10(木) 12:30:51.82 ID:s7iJPSG6.net
「無駄なはずがないわ」

レイは言った。それはいつになく優しい言い方だった。
でも、俺はそれに反発した。

「何でだよ。君は俺の努力を認めてくれないんだろ? 見えないから」

「ええ」
「私はあなたが努力したことを知らない」
「あなたは現れなかったから」

「じゃ、やっぱり無駄・・・・・・」

「無駄じゃない」
「そう言ってるでしょう」

レイは続けた。

「確かに、私はあなたの努力を知らないかもしれない」
「けど、あなた自身は?」
「あなたは誰よりも知っているはず」
「自分が努力して、その結果行動が起こせたことを」
「その部屋から出たことを」

261: 2016/03/10(木) 12:36:51.75 ID:s7iJPSG6.net
「他人に認められない努力もある」
「他人は所詮他人。あなたじゃないから」
「だから、それは仕方がないこと」
「あなたの努力は、あなた自身が一番認めてあげるべき」

「その努力はあなたを裏切らない」
「あなたの中で着実に積み上がっていく」
「例え、誰もそれに気づかなくても」

珍しく、レイの言葉からは熱のようなものが感じられた。
だから、俺は言い出すことができないでいた。

でも、俺は認めて欲しい。
俺じゃなく、他人に。・・・・・・というよりも、君に。

そんなことを言ったら、甘えてるみたいでかっこわるいと思った。

262: 2016/03/10(木) 12:44:13.64 ID:s7iJPSG6.net
でも、そんな俺の気持ちを察してくれたのはレイだった。

黙ってる俺に、レイはこう言った。

「あなたの努力を認めない、そう言ったけれど」
「私はあなたのことを信じてる」
「あなたは努力して部屋から出た」
「そして、公園に来てくれた」
「会えなかったけど、私はそう信じてる」

「だから」
「私も証拠を残してきた」
「ブランコから見て右の植木の根元」
「土に埋まった青い小瓶」
「探してみて」

それだけ言うと、レイはチャットから消えた。

263: 2016/03/10(木) 14:21:50.75 ID:s7iJPSG6.net
レイは本当に来てくれたんだ。

俺は驚いて、何度もその言葉を読み返した。

信じてなかったわけじゃない。
でも、まさか、本当に・・・・・・・・・・・


「それから」

そのとき、突然文字が現れて、俺は覗き見されたようにびくりとした。
もちろん、言葉の主はレイだ。

「忘れないで」
「今回の外出は目標への第一歩」
「あなたがしなければならないのは、彼の観察」
「記録をつけて」
「その記録が、あなたの努力を可視化する」

「それじゃ」

一方的に言うと、今度こそレイは画面から消えた。

俺が口を挟む暇なんて、少しもなかった。

264: 2016/03/10(木) 20:24:59.34 ID:AaZawPn2.net
ほしゅ!

265: 2016/03/11(金) 03:30:58.18 ID:cSmjjL1b.net
>>264
ありがとう!


その言葉で、レイの優しさ?に浮かれてた俺の気持ちは、途端に引き締まった。

俺は目先のことに一喜一憂して、
すぐに目標を忘れてしまうところがあって、
このときもその状態だった。

そうだった。

とりあえず、レイの〈証拠〉は置いておいて、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

俺は、Aを殺すために行動を起こしたんだ。

266: 2016/03/11(金) 03:35:06.83 ID:cSmjjL1b.net
そう考えると、何だか不思議な気分だった。

俺は部屋をゆっくりと見回した。
そして、思った。

俺は、ここから出たんだ。

それは俺にとって本当に不思議なことだった。

だって、俺はここから出られないと思ってたんだ。
出られるわけがないと、出たら死ぬってくらいの勢いで。

けど、俺は出た。ここから出たんだ。

267: 2016/03/11(金) 03:39:50.28 ID:cSmjjL1b.net
〈あなたの努力は、あなた自身が一番認めてあげるべき〉

レイの言葉が、いまさら胸を熱くした。

俺、できたんだよな。
やり遂げたんだよな。

大げさかもしれないけど、ガッツポーズしたいような気分がこみ上げた。

けど、そのときだった。

「ホント、大げさね」

誰かが俺の中でくすりと笑った。
俺が勝手に創り上げた、頭の中のレイだった。

268: 2016/03/11(金) 03:47:51.92 ID:cSmjjL1b.net
「部屋から出たくらいで、なにそんなに喜んでるわけ?」

頭の中のレイは嘲笑した。

「引きこもりが部屋から出て、醜態さらして、
 それの一体どこが偉いわけ? 努力なわけ?」
「あなたの姿なんて誰も見たくないのよ」
「気持ち悪いったらありゃしない」

「ああ、ホント気持ち悪い」

頭の中のレイは俺を見下すように嫌な目で見た。
彼女の目論み通り、身体を強ばらせた俺を。

269: 2016/03/11(金) 03:54:03.71 ID:cSmjjL1b.net
〈気持ち悪い〉

その台詞は容易に俺を麻痺させた。
レイのおかげで暖かくなった胸は、すぐに熱を失い、
俺は光じゃなくて暗闇に目を向けた。

こそこそ、ひそひそと囁き合う他人でひしめいた、暗闇を。

「みんなそう思ってるわよ」

頭の中のレイはそうささやいた。

「みんな、みんなそう思ってる」
「みんな、世界中の人たちが、あなたのことをそう思ってる」

270: 2016/03/11(金) 04:00:19.38 ID:cSmjjL1b.net
「みんな、すべての人が、よ」

暗闇の他人がわらう。
俺のことを指さして、わらっている。

「みんな・・・・・・」

俺はつぶやいた。
足はもう膝まで暗闇に飲み込まれていて、
それはすぐに全身を覆うだろうと思われた。

それが常だった。

そうして、前向きになろうとする俺は、いつも暗闇に消えてしまうんだ。
そして、再び後ろ向きになってそこから吐き出される。

二度と立ち上がれないように、、二度と希望なんか持てないように、
徹底的に刻み込まれて。

271: 2016/03/11(金) 04:07:26.04 ID:cSmjjL1b.net
〈あなたの努力は着実にあなたを変えていく〉

レイはそう言った。

けど、変わってないよ。

俺はずぶずぶと闇に飲まれながら、そう思った。

それとも、やっぱり俺の行動は認めるに値しないちっぽけなもので、
それくらいじゃなにも変わらないっていうのか?

272: 2016/03/11(金) 04:26:45.37 ID:cSmjjL1b.net
けど、そのときだった。
何からの連想かわからないが、俺はふとレイの最後の言葉を思い出した。

〈記録をつけて〉

記録。
記録って?

わからないまま、俺は引き出しからノートを引っ張り出した。
暗闇はその腕まで絡め取ろうとする。
けど、俺はそれを振り切るように、ページを開くとそこに殴り書きをした。

『今日。久しぶりに部屋を出て、公園へ行った。レイとの約束のため。』

ぱっと今日の日付がわからなかったから、少し変な書き付けになったが、
その後日付を調べて、書き足した。

『3/9』

そうか、もう三月なんだ、なんて驚いたことを覚えてる。

273: 2016/03/11(金) 04:41:02.31 ID:cSmjjL1b.net
三月・・・・・・もうすぐ二年の三学期も終わるんだ。
あのクソ教師のクラスも終わりか・・・・・・。

俺はしばし、ほとんど行くことのなかった教室のことを考えた。
不登校してても、あと一年で卒業できるんだな、そんなことも思った。

でもその前に、あいつを・・・・・・。

俺の思考がそれたためか、気がつくと暗闇は消えていた。
あとに残ったのは、ノートに書き付けられた俺の汚い字だけだった。

『今日。久しぶりに部屋を出て、公園へ行った。レイとの約束のため。』
『3/9』

俺はその文字を目に焼きつけるように、何度も眺めた。

記録。

レイの言葉通り、それは俺の行動したという証となってそこに存在した。
努力が可視化されたんだ。

274: 2016/03/11(金) 04:50:20.29 ID:cSmjjL1b.net
俺の努力の証・・・・・・。

それを見ていると、嬉しさがこみ上げた。
身体に再び熱が戻り、ほんの少しではあるが、自信のようなものが湧いた気がした。

ノートに書いた文字は、あやふやな言葉よりもずっと確かに俺の努力を証明していた。
俺はなにもしなかったわけじゃない。
確かに行動をしたんだって、自分でもそう思えるような気がした。

・・・・・・俺がいまでも記録魔なのは、きっとこのときの快感を覚えているからだろう。

275: 2016/03/11(金) 05:01:22.93 ID:cSmjjL1b.net
この勢いで、Aを観察して、そしていよいよ・・・・・・!

再び浮かれてそう思った時だった。
俺はある問題に気づいた。

それは・・・・・・時間だ。

ようやく明るくなってきた窓を見て、俺はうなり声を上げた。

朝寝て、夕方起きる。
この生活リズムは、果たして計画実行に向いているのか・・・・・・?

276: 2016/03/11(金) 05:12:08.50 ID:cSmjjL1b.net
いや、白昼堂々殺すわけにもいかないんだから、これでいいのか?

いやいや、でもそれは手段にもよるだろ。
ナイフで刺すのと、毒殺じゃ、全然違うわけだし。

でも、あいつの行動パターンによっては、その手段も限られて・・・・・・

ってか、夜なら見つからないってわけでもないし。

あ、というより、監視カメラの位置とか・・・・・・

277: 2016/03/11(金) 05:19:38.44 ID:cSmjjL1b.net
「そんなことは考えても無駄」

しかし次の夜、そう相談した俺を、レイはあろう事か一蹴した。

「何でだよ、俺、ずっと考えて眠れなかったのに」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ」

「とりあえず、行動すること」
「それが一番大切」
「頭で考えても、現実は何一つ変わらない」
「何をすべきかすら、見失う」

「でも・・・・・・」

「行動を起こして」
「あなたにしかできないこと」

まだ時間も早いというのに、早々にレイはいなくなってしまった。

278: 2016/03/11(金) 09:17:08.62 ID:cSmjjL1b.net
行動すること、か。

少し前の俺なら、そこでまた悩みに悩んだ挙げ句、
妄想にこてんぱんにやられて朝を迎えるコースが鉄板だった。

一度の外出に成功したとはいえ、それだけで精神がレベルアップするわけないし。

けど、それは置いておいても、一つだけ、俺の頭から離れて消えないことがあった。

あの公園にレイが残したという、〈証拠〉だ。
植え込みの中の、青い小瓶。

まさか、ただ小瓶を埋めたわけじゃないだろう。
中には何かが入っているはずだ。
レイの残した、何かが。

279: 2016/03/11(金) 09:20:02.65 ID:cSmjjL1b.net
ちらりと時計を見上げる。
午前一時過ぎ。
親はとっくに寝入ってる時間だ。

また、家を抜け出してみようか。

俺はほとんど自然にそう考えた。
心臓はどきどきしていたが、それは小瓶の中身への期待だっただろう。

280: 2016/03/11(金) 09:32:05.05 ID:cSmjjL1b.net
結論から言うと、俺は忍び足で階段を降り、そっと家を抜け出した。

不審者だと思われたらどうしよう、とか
通報されたら、巡回中の警察に遭ったら、とか
いつものぐるぐるとした考えは、割合簡単に押し込めることができた。

そうなったら、そうなったときだ。

そう思えた理由は、この前の午前六時の外出よりは、他人もいないだろうと思ったのと、

〈とりあえず、行動すること〉

レイの言葉が後押ししてくれたせいも、大いにあるだろう。

それに、今回の目的もはっきりしてる。
レイの〈証拠〉を取りに行くことだ。

281: 2016/03/11(金) 09:38:22.11 ID:cSmjjL1b.net
とはいっても、俺は玄関を開けた瞬間、少し後悔した。

まあ、これはレイにも引きこもりにも全く関係ないことなんだが・・・・・・
俺、お化け怖いじゃん? 真夜中って出そうじゃん?

こないだのときは他人をお化け扱いしといてなんだが、
俺は本物のお化けも怖かった。

○○公園は、昔の処刑場だったって噂もあったし・・・・・・

282: 2016/03/11(金) 09:42:54.13 ID:cSmjjL1b.net
けど、俺は意を決して歩き出した。
ってか、それくらい、どうしてもレイの〈証拠〉が欲しかった。

夜の町に人気はなかった。
俺の足音だけがひたひた響いた。

時々、ぱっと明るくなる人感センサー付きの玄関ライトに飛び上がりつつ、
俺は公園への道を急いだ。

283: 2016/03/11(金) 09:46:39.27 ID:cSmjjL1b.net
犬が欲しいな。

歩きながら、唐突に俺は思った。

別に動物に興味はないけど、
こうやって歩くときに、犬を連れてたら、犬の散歩なんですって感じが出る。
不審者度も下がるだろう。

いや、それは犬を連れた不審者にグレードアップするだけか?

考えていたら公園に着いた。
案外簡単だったな、俺は余裕だった。

284: 2016/03/11(金) 09:57:41.42 ID:cSmjjL1b.net
要は他人に会わなきゃ平気なんだ。

俺は考えた。

引きこもるのも、外に他人がいるからだ。
だから、誰にも会わないって保証があれば、俺だってこれくらいなんでもないんだ。

そして、俺は大層馬鹿なことを思った。

あーあ、世界が俺一人だけだったらいいのに。

285: 2016/03/11(金) 10:08:11.91 ID:cSmjjL1b.net
あ、あとレイと。あ、でもコンビニくらいはないと食べものに困るな。

どうでもいいことを付け足していく。

っていうか、コンビニが成立するためには工場とか、農家とかは必要だな。
そしたらそこで働く人たちが必要になるわけで・・・・・・

内心では「お化けなんて嘘さ」の歌を大声で歌いたいくらいの気分だったから、
こんなどうでもいいことを考えたのかもしれない。

と、想像の果てに俺はふと思った。

違う。
こんなこと考えてても、俺の望む世界になんかならない。

286: 2016/03/11(金) 10:15:20.39 ID:cSmjjL1b.net
頭の中で考えてるだけじゃ、現実は何一つ変わらない。

それはレイに何度も言われたことだった。
けど、何度言われてもわからなかったそれが、
なぜかいま、俺の中ですっと理解に結びついたんだ。

俺がAを殺すのは、俺の望む世界に一歩でも近づくためだってこと。

なぜ俺がAを殺さなきゃいけないのかというと、それは俺が生きるためで、
それにはAの命を押しのける必要があるんだってことが。

287: 2016/03/11(金) 10:17:05.68 ID:cSmjjL1b.net
レイの言葉を理解した俺は、興奮した。

目的のための手段。
そのための行動。

俺にもやっとそれがわかったんだ。

288: 2016/03/11(金) 10:36:04.70 ID:cSmjjL1b.net
喜び勇んだ俺は、言われたとおりの植え込みの地面を探った。
すると、指はすぐに小瓶らしきものを探し当てた。

公園のライトの光が届かない暗闇だったから、
それが本当にレイの〈証拠〉か確かめる術はなかった。

けど、あった。

小瓶の存在は、俺の興奮に拍車をかけた。

レイの言葉は本当だった。
彼女は本当にここにいたんだ。

俺はすぐに家にとって返そうとした。
そのときだった。

289: 2016/03/11(金) 10:47:33.39 ID:cSmjjL1b.net
公園のフェンスの越しに、俺は信じられないものを見た。

Aだ。

Aはレジ袋片手に、道を挟んだ向かいのコンビニから出てきたところだった。
普通に歩いていたら、木が邪魔をして公園の中からコンビニは見えない。
それは、俺が植え込みに座り込んでたから見えた、奇跡だった。

Aか? あれは本当にAなのか?

笑い出しそうになる膝を抱き込むようにして、俺は何度も瞬いた。

Aらしき人影は止めてあったチャリのところで、カバンをごそごそしている。
光に伏せられた顔は、暗くてよく見えない。

Aだ。
けど、俺は確信した。
あれは絶対にAだ。俺が見間違えるはずがない。

290: 2016/03/11(金) 10:50:25.51 ID:cSmjjL1b.net
けど、こんな夜中に何してるんだ?
いつも一緒の取り巻き連中はどこだ?

俺はコンビニの中を見通すように目を細めた。

しかし、そうする間に、Aはチャリにまたがり、暗い道にこぎだした。
一瞬、チャリの明かりが俺の目を刺した。

291: 2016/03/11(金) 10:57:17.35 ID:cSmjjL1b.net
俺はブランコ側の入り口から出ると、慎重にその後ろ姿を見つめた。

けど、その背中が遠ざかっても、取り巻き連中が現れる様子はない。
どうやら、Aは正真正銘、一人きりのようだった。

何だ?

俺は首をひねった。

どうしてこんな夜中に一人きりでコンビニにいるんだ?
それに、近所でもない、あいつの住んでる場所からは遠いコンビニに。

まさか、いままで遊んでいて、いまから帰るところなのか?
いや、それにしたって同じ地区に住む取り巻きと一緒じゃないってのはおかしい。

292: 2016/03/11(金) 11:03:07.33 ID:cSmjjL1b.net
はてなマークを頭にくっつけたまま、俺はAの背中を見送った。
それから、帰途につこうとした。

すると、公園を通り抜けて、滑り台側の入り口から出たとき、
またしてもチャリが脇目も振らずに通り過ぎていくのに出会った。

とっさに顔を伏せたが、それはやはり俺と同じ中学生に見えた。

なんだ? これは??

頭のはてなマークが増殖した。

真夜中に、中学生がチャリを漕いでるって、普通の光景なのか??

293: 2016/03/11(金) 11:08:46.78 ID:cSmjjL1b.net
いきなり出現したなぞなぞは、簡単には解けなかった。

俺は考え込んだまま、無事部屋までたどり着き・・・・・・とりあえず、アレを取り出した。

アレ。
つまり、レイの〈証拠〉だ。

光の下に取り出したそれは、キラキラ光って、
レイのイメージ通りの涼しげな青い色をしていた。

294: 2016/03/11(金) 11:18:17.39 ID:cSmjjL1b.net
俺は小瓶についた土をティッシュで丁寧に拭き取ると、しばらくその光を眺めていた。

珍しくもないだろうけど、俺は子供の頃、「宝物」に無性に憧れた時期があった。
海賊の宝、とか、○○の秘宝、とか、そういうやつ。
そして、宝だ! って見つけてきたものは、
タイルの欠片とか、鳥の巣とか、そんなもんばっかだった。

けど、これは違う。

これは、本物の宝だ。
行動の結果、俺が勝ち取ったものだ。

俺は小瓶の蓋を開けた。
その瞬間、甘いいい香りが匂った、ような気がした。

295: 2016/03/11(金) 11:22:12.60 ID:cSmjjL1b.net
レイの匂いだ。

童/貞な俺はたやすくそう信じ込んだ。

どうやって瓶の中にレイの匂いがこもるんだよ!
・・・・・・と、いまなら思えるが。。。

でも、あの一瞬、甘い匂いがしたのは事実だったかもしれない。
なぜなら、青い小瓶はたぶん、もともとは香水が入っていたらしき瓶だったからだ。

296: 2016/03/11(金) 11:38:46.75 ID:cSmjjL1b.net
けど、そんなことを知るよしもない俺は、
中を覗いて、そこにあった紙片をつまみ出すと、大急ぎで蓋を閉めた。
レイの匂いを逃がしたくない、そう思ったんだ。

それから、瓶を置き、小さく折りたたまれた紙片をゆっくりと開いた。


いまでもその紙は俺の手元にある。

「レイ」

綺麗な筆致で、たった二文字だけ記された、小さな紙が。

297: 2016/03/11(金) 12:45:43.45 ID:/SvuQrr7.net
ほしゅ

298: 2016/03/11(金) 21:21:20.50 ID:+xR+nM1B.net
ほしゅ!

299: 2016/03/12(土) 03:16:23.50 ID:3y8Xfu8b.net
>>297  >>298 ありがとうございます!!


俺はしばらく紙片を見つめた。

「レイ」

その二文字は、俺の迷いやためらいを断ち切ってくれるようだった。
流されてばっかりの俺に櫂を与え、自らこぎ出す勇気をくれるものだった。

そうだ。

俺は紙を傍らに置くと、引き出しを開けた。

記録だ。記録をつけよう。

俺はノートを取り出すと、そこにこう記した。

『レイの小瓶を取りに行った』
『帰る途中?のAを見かけた』

※ 後編に続きます。 >>後編



引用元