[　ゆき　]

冬のある日ラブホの駐車場で待ち合わせて部屋へ入った、一重できつめの顔だが
女優のりょうに似ていてモロ俺のタイプだった、年齢は31と言った。

服を脱ぐとちょっとダルダル体型で不満は残るがフェ○チオも巧く、割の相手としては上々だと思った。
「あたし卵管縛ってるから生でいいよ？」と言われたが取りあえず断ってゴムを付けた。
モロヤンキーで手には灸の痕や自分で入れた下手くそなタトゥーがある、服装もバリバリそっち系だ。
腹には帝王切開の痕があり子供が三人いるという。事が終わってアド聞いてまた連絡すると言って別れた。

これが三年半に渡る悪夢の始まりだった。

週に一回くらいのペースで会うようになった、母親と同居してるとかで近鉄○○駅近くのマンションまで
迎えに行って事が終わるとスーパーで食材買い出ししてからまた送っていく、前歯が一本欠けてたので治療費を出してやったりもした。
妙にズボラで適当な性格でメールしても返事が遅かったり約束の時間に大幅に遅れてきたりした。

ある日いつものように駅のロータリーに停め待っていたらいつまで経っても来ない、メールで催促すると
すぐに返事があり待ってろと言う、30分ほど待たされてやっと来た。

「ごめんごめん、旦那が来ててさ」
「おいおい結婚してるなんて聞いてないぞ」既婚者が割してるなんて考えてなかった俺は少し慌てて聞いた。
「もう別れてくれって頼んでるんだけどね、なかなか聞き分け悪くてさ住む所変えても探されてさ、でももう
別れるから大丈夫やで」少し腑に落ちない点があったがまぁいいか、と車をホテルへと走らせた。

この時点では知らなかったがどこぞの組の準構成員で前科持ちでかなりヤバイ奴だったそうだ。

知り合って半年くらい経っただろうか、旦那がいると聞いてから数週間後いきなり

「アパート借りたいのお金貸して！」
「あかん！そんな大金無理、月々の家賃もどうするねん？」
「働いてなんとかするから！おかんと仲悪くておれんくなった、旦那も度々押しかけてきて困ってるねん」

勝手に離婚届に判子ついて離婚したと聞いていた、子供も毎日泣いていると聞かされてた俺は
家賃は払うと言ってるし、生活費くらいは出してやれるかと楽天的な考えから敷金礼金の18万渡してしまう。

賃貸仲介業者まで送ると終わるまで待ってると申し出たがいらないと言われ帰った。
その日メールでアパートを借りたと教えられた、引っ越しとか手伝うから、と言っても
また断られた。しばらくして顔見に行くとメールしたが返信はなく、そこから一月ほど音信不通になった。

まぁいいかと忘れかけてた頃にゆきからメールがきた。

[　メール　]

「晴ちゃん、ごめんね、あたしを、信じられないのは、わかるけど、困ってます、
助けて、お願いします」

ひとしきり文句の言葉を羅列して送信したメールの後にヤンキー特有（？）
の句読点のやたらに多いメールが返ってきた。真面目に働くはずもないゆきが
家賃を払えるわけもなく追い出されたそうだ、子供たちは施設に預け自分は
桑名の従姉妹の所に厄介になっているという。親戚なのに食費などの名目で
金を要求されているそうだ。

「か本当の、名前は、 真知子 、と言います、この名前は、嫌いなので、普段から、 ゆき を使ってます。」

変わった子だなと思ったが許して欲しくて本当のことを小出しにしたんだろうと思って水に流した。
しばらくの間は大したこともなく日々が過ぎていった、四日市から桑名まで行くのは大変なので電車で
四日市まで来させるようにしてた、子供たちに任天堂3DSを買ってやった、あきらかにセリフ棒読みで
「お小遣いちょうだい」と手を出す子供たちに小遣いあげたりしてた。中２で中絶したとか喧嘩は素手で！
とか俺がソ○プに通って指名してた人の話をしたら、あたしがレディースにいた頃の総長だそれ！
とにこやかに話す俺より10才近く若いゆきに、いや真知子に少しずつ惹かれていった。

しかしまた連絡が取れなくなる。

眠い

実話です。

音信不通になる事にも慣れっこだったからさして気にすることもなく数週間が経った。

唐突に真知子からメールが届く、携帯代がないから貸して欲しいそうだ、貸してと毎度言われるのだが返ってきた試しはない。
俺の仕事終わりを待っていると携帯ショップの営業が終わってしまい、払えなくなって携帯を使えなくなるからと職場まで取りに来ると言う。

昼の休憩時間に会社の外で待っていると離れた所に古いワンボックスが停まった、茶髪のいかにもヤンキーっぽい男が運転している、30代半ばくらいか。助手席から見慣れた女が降りてくる、真知子だ。

俺に駆け寄ってくると「お金ちょうだい！早く！」少し面食らって突っ立っている俺に大きな声で言う。
金を取り出した俺からひったくって車に戻っていく、走り去る車の後部座席の窓は半分開いていて
子供らが乗っているのがチにしてラッと見えた、奈良ナンバーだった。どうやら俺がまだ会社から
出てきていないと思っていたようで見られないように離れた所に停めたようだが、俺が早めに出て
待っていたから鉢合わせしたようだった。


どういうことか聞きたかったので電話すると何回目かでやっと出た。
「あの男は誰なん？彼氏？」
「チッうるせーな！あたしの事なんかあんたに関係ないだろ！なにあたしの男のつもりでいるのさ？
バカじゃね？▲※*＞∉∂※▲○!!!」
とんでもない早口で大声でまくしたてられる、罵詈雑言を聞いているのが
耐えられなくなりこちらから電話を切った。

さすがに頭にきて真知子の電話番号とメールアドレスを着信拒否にして二度と関わらないと決めた。

着信拒否してから数週間経った頃、見知らぬアドレスからメールが届く。

「真知子です、女友達の携帯借りてメールしてます、あたしが悪かったです、
色々言いたい事があるので着信拒否外して下さい、借りてると友達がうるさいので。」
以前真知子を乗せて待ち合わせ場所に来た事があった女か。
無視していると登録していない携帯番号から着信がある。仕方ないので電話に出た。

「ごめんなさい言い過ぎました。お願いだから着信拒否外して。友達が早く返せとうるさいから。」
友達に悪いと思い渋々着信拒否を外す。その旨をメールすると暫くして真知子の番号からかかってきた。

「なんか言うことあるんか？馬鹿にしやがってアホが。」 かなりきつめの口調になる。真知子によると
あの男は携帯を貸してくれた女友達の兄だそうで乗せていってもらっただけとか抜かす、
嘘をつくなと突っ込むと本当だと言う。男は奈良在住のとび職で小さいながら組の親方をしているそうだ。

桑名の従姉妹の所は早々に追い出されたそうで厄介になっているという、彼氏ではないとかなんとなく
嘘っぽかったが食費など諸々の金を入れてくれと迫られていると言ったのでなんとなく可哀想に思ってしまい、
それから何回か会って金を渡した。

その男の古いワンボックスを運転してきて待ち合わせ場所に来ていた。裸になると足に青アザが目立つ。
どうしたのか聞くとよくぶつけるからアザになるのと真知子は答えた。ホテルに入ると
ある一部分にしか神経が集まらない馬鹿な俺は、あーそんなんやと思う程度だった。

次の週に消え入りそうな声で電話がかかってきた。車をぶつけて酷く怒られて修理代を払えと迫られているから
助けて欲しいと言う。当然嘘かも知れないので車を見せろと言ったら見せにきた。左側のドアの下がへこんでいる、
修理見積もりが13万だったが工面して渡した。

金を渡した直後にあの女友達の電話番号から着信があった、ごく普通に何も疑うこともなく
俺は電話に出た。

「こんにちわ！よろしくお願いしますね！」

その女は 陽子 と名乗った、明るい声で軽快に話す。この際だからと色々聞いた、
長くなると悪いからとこちらからかけ直した。


真知子とは知り合って日が浅く最近の彼女しか知らないそうだが、真知子の元旦那が
組の準構成員で怖い人だったとか三人いる子供の父親はすべて違う人とかペラペラ教えてくれた。
･･･ということはバツ３かと思うけどなぜかバツ２だそうだ･･･。

「私と会いませんか？割の関係で。」
俺と真知子の知り合ったきっかけを聞いてから唐突に陽子が切り出してくる、
○○市在住と聞いて、行くのに片道二時間近くってのはしんどいなぁと言うと私から行きますから！
と言われてそれなら会っても良いかと思いだした、また連絡すると言いつつ電話を切った。


連絡すると言ったもののその事は忘れてて連絡する事はなく、陽子の方からも連絡は無かった。
その電話から数日後に真知子から陽子とは絶対に会わないで！と一行メールがきたが会う気は無かったし
妬いてんのかとか解釈してしまい、そのメールはスルーして理由は聞かなかった。


そのメールから何日か経って真知子から会えないけどお金くださいとメールがきた、
ふざけてんのか？と返すと顔が腫れてて外に出れないという、聞くと男に酷く殴られたそうだ、
要求してないのに顔写真を撮って送ってきた。結構酷く腫れている、足の青アザも金を作ってこいと
木刀で小突かれるからだそうだ。賢い晴ちゃんならうすうす分かってただろうけどと言われたが
何も言えなかった。

真知子によれば陽子は○○市のヤクザの組の若頭の嫁で、美人局で金を脅し取ろうとしていたらしい、
真知子が俺に忠告メールをしたのがバレてなぐられたそうだ、このメールも隠れてしてるということだった。


それを聞いても俺は真知子が好きでそいつについていったんだし、こうやってメールもやれてるんだし
殺されることはないだろうと思って真知子から聞いた口座に金を振り込んだだけで大して心配はしなかった。

だがこの後メールをしても返信は一切なくなり、電話をしても「お客様の都合によりかかりません」
とガイダンスが流れるだけになった。

そしてこの数ヶ月後俺は自分の考えの浅はかさを悔いる事になる。

[　てがみ　①　]

真知子と連絡が取れなくなり多少は心配していたが、どうすることも出来ずただ日々を過ごしていた。

ある日知らない番号から着信があった、よくワン切りで変な業者から電話があったのでネットで調べるのが
当たり前になっていた。調べると○○市の弁護士事務所の番号で留守電は入っていなかった。
なんとなく気持ち悪い、という理由だけで着信拒否リストに入れた。

数日後、速達で会社に手紙が届いた。
差出人は真知子で住所は津市になっている。

「晴ちゃんごめんなさい、悪いことをして捕まりました、示談してもらわないとだめなので
お金を貸して下さい、お願いします。弁護士さんに電話してもらったのですが、
着信拒否にされたので連絡がとれません、と言われ手紙を書きました。弁済金は3万であと
必要な物を買いたいのでいくらか貸して下さい。」

少々面食らったが手紙を読んだ次の日が休みだったので津拘置所に出向いた。
受付で住所氏名年齢職業と面会したい相手との続柄を書く。昼に行ったので13時からだと言われ
待合室で待つ、スピーカーから○番の方○番面会室までどうぞとアナウンスが流れる、
誘導してくれる人がいないので恐る恐る向かう、少し先をブラジル人の女性が子供連れて歩いてて、
俺の言われた番号の隣の部屋に入っていくのを見て安心して自分の番号の部屋に入る。

部屋に入るとドラマのまんまの面会室で妙に感心する。既に真知子がイスに座ってこちらを見ている。

「早かったんだねわざわざゴメンね」

昼食後なのか口元にご飯粒が付いてるが指摘しない。

「なにしたんや？お前は困ったやつやなぁ」
困ったやつやなぁというのはこの当時の俺の口癖になっていた。喋っているとすぐに面会時間が終わった。
金を所定の窓口に納めて帰った。

この時点では万引き程度では弁済すればなんて事はないと考えていた、真知子もそう思っていたようだ。
だがそれは違っていた。

家に帰ってから真知子から聞いたワードで検索してみる。

[　○○署は3月8日、奈良県○○町の女事務員（33）を窃盗（万引き）の疑いで逮捕したと発表した。
容疑を認めているという。 　発表によると、女は同日午後12時50分ごろ、○○市○○町のスーパーで
缶ビール4箱（500ミリリットル、24本入り）と 焼きいもの計5点（販売価計2万4020円）を盗んだ疑い。
同署によると、女はカートに入れた商品をレジを通さず店外に持ち出したため、
同店の警備員に取り押さえられたという。逮捕当時、女の所持金は515円だった。 ]

これか･･･。 おそらくは転売して金にでも変えるつもりだったんだろう、そんな大荷物をカートに積んで
出たら目立つのは当たり前だろうに。しかし焼き芋って･･･腹でも空いていたんだろうな。
あいつ買い出しに連れて行ってた頃は高い食材ばかり買ってたもんな。所持金515円･･･。
しかし事務員てなんだろう？あいつwhite Xmas のホワイトが読めずにナンチャラクリスマスって言ってた
くらいだから事務員なんて出来んだろうに･･･。

ふと着信拒否してた弁護士事務所の事を思いだし電話した。担当は女性弁護士さんだった
、着信拒否したことの非礼を詫びる。

裁判は○月○日 ○○地方裁判所で○時からあり、傍聴は自由ですからと教えてくれた。
住んでる所ではなく捕まった所の地方裁判所で起訴されるそうだ、なぜ津拘置所なのかというと
ただ空きが津しか無かったからだそうだ。当日は津から護送されて行くという。

裁判？万引きで？弁済したから不起訴とちがうのか？電話をかける前はあれもこれもと聞くことを
整理していたんだが、頭が混乱してそれだけ聞いてお礼を言って切った。

休みを取って傍聴することにした。

ほっとけ(笑)

[　法廷　]

かなり早く裁判所に着いた、二階に行くと第一法廷　第二法廷とがあり本日の予定の所に
真知子の名前と裁かれる内容が書かれてる。待合室など無いので廊下の長椅子に腰掛けて待つ、
暇なので廊下からパカッと開ける小窓で [ 産業廃棄物処理法違反 ] の田中被告（仮名）の法廷を覗く。

声は聞こえないが男性が裁判官の前で立って神妙な顔をしている。傍聴席にはスーツ姿の若い女性が
熱心にメモを取っている。その田中被告（仮名）の裁判が終わりそのスーツ姿の女性が出てきて俺とすれ違う、
じーっと俺を見てくる。あぁこの人があの電話の真知子の弁護人なんだろうと直感したが一礼しただけで
何も話さなかった。弁護人待機室と書かれてる部屋に入っていった。

真知子の裁判が始まる少し前に中学生くらいの女の子を二人連れた中年の女性が来て少し離れた長椅子に座った。
マスクをしていて顔は分からない。なぜか俺をじっと見ている。以前真知子を待ち合わせ場所に車で送って
来たときは降りてこなかったし、遠くだったから顔は分からないがこれが陽子だろうと思ったが話しかけることは無かった。

予定時刻の少し前に傍聴席に座って始まるのを待つ、陽子とその子供と思われる三人は被告人席の近くに座ったが、
俺は遠慮して少し離れた所に座った。

裁判が始まり真知子が手錠に腰縄で連れられてくる、連れてきた刑務官は拘置所の面会の時にいた人と同一人物だった。
やはり弁護人は先ほどの女性だった。

真知子が傍聴席をチラッと見た、一瞬しまった！という顔になった。

その顔の意味を来ることを教えてなかったからびっくりしたんだろうと感じたが、
その数分後に間違いだったと気づかされた。

真知子の手錠と腰縄が外され裁判が始まる、陽子とその子供らが真知子のすぐ側で
馬鹿にしたような笑顔ではしゃいでいる、真知子は俯いていて不憫に思えた。

住所氏名年齢職業、何をしたか読みあげられていく。ん？名字が違う･･･。
検察官が結婚してて名字か間違っているから訂正しろと誰かに申しつけている。

くそったれまた騙しやがったな！と怒りに震えた、出て行きたかったが人目が気になり断念した。
さらに検察官が続ける。

「被告人は○○年に覚せい剤取締法違反（使用）、並びにカード詐欺の前科があり実刑判決を受け服役･･･」

俺は絶句した。

後から聞いた話だが前歴から７年経ってないと帳消しにならず万引きでも裁判にかけられ実刑が下るそうだ、
求刑は一年だった。

被告側の情状酌量の供述が始まる、真知子が棒読みで弁護士に言われたであろう文言を並べる、
whiteをナンチャラと言って読めないことをごまかす子がよく暗記できたなと感心してしまった。

「とび職の夫の稼ぎは手取り14万で生活も苦しく、なんとか生活費を工面しようと･･･」
消え入りそうな声で所々聞こえない。職業事務員というのはそういうことにした方が都合良いからだろう。

次回の裁判で結審と聞き判決の速さにびっくりした、閉廷したら足早に裁判所を出た、
普段は安全運転なんだがとにかく早く帰りたくて高速を飛ばして帰った。自分の馬鹿さ加減に
やり場のない憤りを感じていた。

[　てがみ　２　]

俺の都合に関係なくまた仕事に追われる忙しい日々が始まった、苦虫を噛み潰したような顔で。

また拘置所から速達で手紙が届く。頭にきているから読まずに机の上に放り投げた、絶対に読むもんか！
と思ったがその決意も半時間ほどで揺らぎ結局読む事になる。


[ 　ごめんね晴ちゃん、まさか見に来るとは思っていなかったからビックリしました。私が結婚していたと
思って頭にきたでしょうね、毎日毎日木刀で殴られ、お金を作ってこいと言われ、万引きも
あの人の指示でやった事なので、私が余計な事を喋らないように裁判の前日に勝手に籍を入れたのであって
私の本意ではありません。あの人と住むようになってからあの人が私を抱いたのは一回か二回だけで、
汚いと言われてずっと前から肉体関係はありません。 ]

検閲済みの印の桜の花びらマークの判子が一枚一枚に押してある便せんを読み進める。
アザができるから外から見える所は殴らずに服で隠れる所を殴られるって言ってたな･･･。
そういえば廊下に貼りだしてあった名前は俺が前から知っている名前だったっけ。
肉体関係が一回か二回って関係自体はあるんやん、全くないと書くと嘘くさくなるから配慮したんだろう、
あの子らしいわと苦笑い。

[　晴ちゃんがずっと知りたがってたこと　]

なんだろう？そんな事あったかな？

[　私の名前は　朴 真玄　（パク マヒョン) 在日韓国人です。 ]（注釈 : ヒョンの漢字は真知子の手紙では
もっと画数の多い字でしたが、これが一般的なヒョンの漢字みたいなのでこう表記しました。）

そうだったのか･･･だから ゆき という名を使ってます、という変な表現だったのか･･･。
知りたがってたというのは俺が「真知子も本当の名か疑わしいな」と茶化したのを勘違いしたのか。
通名の 真知子 は 真玄 の一文字をとったのか。

許して貰いたくて真実を打ち明けた真知子･･･。少し前までの憤りは消え去ってしまった。

[　 あの人が面会に来て、次の裁判に晴ちゃんが来たら妹（陽子）に写真を撮らせると言ってました、
もう来ないで下さい。　 ]

ブラック企業に勤める俺は休みもそうそう取れないので、次の裁判には行かないと決めてたので
行くことはなかったが、ヤクザが関わっていようが関係ない、いつか決着をつけてやるぞ
このクソ野郎とこの頃から思うようになっていた。

ほっとけ(笑)　別のお笑い出/会/い/系の話にしよか？

手紙を読んでから話をしたかったので次の休日に面会に行ったが会えなかった、
刑務官に建物の外に呼び出され、今日は会えないと告げられた、一日一組しか
面会出来ない決まりらしい、あの男か弁護士でも面会したんだろう。金だけ差し入れて帰った。

この日から一年４ヶ月ほど真知子と会えない事になるんだが、この時はそんな事は考えもしなかった。

ほどなくして判決が下る日が来た、傍聴してないので刑期など知る由もなく一日が終わった。
弁護士に聞こうか迷ったが、真知子からの手紙を待つことにした。

[　晴ちゃん、判決がおりました、懲役10カ月の実刑判決でした、刑務所はまだ決まってないけど
岐阜か和歌山のどちらかだろうと刑務官から聞きました。拘置所からは毎日手紙を出せましたが、
刑務所では二週間に一通しか出せません、類（等級のようなもので模範囚だと上がる）が上がれば
一週間に一通は送れるようになります。またお金を送って下さい差し入れの本とかもお願いしたいです。
また手紙書きます。　]（本当はほとんどひらがなで書かれてます。）

拘置所は暇で字の練習でもしているのか凄く綺麗な字で書かれている。さすがは一度服役してるから詳しい、
類というのか。金については現金書留で、送り方が詳しく書いてある。本は一日五冊までとの事だ。

もうすでにとんでもない額の金を真知子には渡していた。刑務所では必要最低限の物は貸与されるとネットで
調べていたので金はそんなに要らないだろうと思っていたが、真知子はそんなに甘くはなかった。

手紙が来た。

[　晴ちゃん、収監される所が決まりました、○月○日岐阜の笠松刑務所に行きます。お金と日用品など何も無いので
出来たら早めに差し入れして貰えると助かります、お願いできませんか？]

刑務所内に差し入れ屋なる業者があるそうだ、差し入れ希望品リストが書いてある。拘置所にいる間に
５万は入れたのにもうないのか。

収監される日の二日後に休みだったので岐阜へ車を走らせる。ナビの案内があるにも関わらず
曲がるところを通り過ぎ、Uターンできる所もないので競馬場の近くまで行ってしまい焦る、
なんか変な古い木造の建物が沢山あるところでUターンする。

刑務所の入り口は狭くて見過ごして行きすぎてしまい、またUターン。車を停めて中へ行く、
半民営化とかで民間の警備会社の爺さんガードマンが警備してる。妙にオドオドしてガードマンに
会釈しながら歩いて受付に向かう、ガードマンも俺にペコペコしてくる、銀縁のメガネに坊主頭で
チャンピオンの金ストライプのジャージ上下だからかなとか思った。

受付に行くと面会か差し入れか両方か聞かれる、俺は親族ではないから面会は出来ないので差し入れだけだと告げる。
カタログみたいなのを見ながらリストのメモを見て用紙に書き込む、一品目につき何点と決まっているから
最大数を書く、下着やら歯磨きやらシャンプーやら便せんやら鉛筆やらタオルやら日用品のほとんどを書き込んだ。
一万五千円くらいになった、値段がやけに高く感じるのは気のせいか。

申請して何日かかかるけど中から頼んで買えるそうで金も三万ほど入れた。靴下をカラフルな物と無地の物とを
間違えてしまい後から手紙で怒られた。

角野卓造じゃねえよの女芸人によく似た差し入れ屋の人に、いつ頃本人に渡るのか訪ねたら無表情で
「ちゃんと渡しますからっ」と素っ気なく言われカチンときた。

俺のいた所のすぐ近くのドアからいとも簡単に嫁さんに面会だというおじさんが入っていった。
俺も真知子に会いたかったが無理なものは無理だった。

帰ってから始めて手紙を書いた。

[　差し入れしたぞ遠いなぁ、だいたいがだな手ぶらでも刑務所では必要な物を貸して貰えるって聞いたぞ！
贅沢だぞ！もう困っても貸してもらって済ますんだぞ？　]

疲れててミミズがのたくったような字で書いた手紙は笑える、これを検閲で見る人がいるんだと思うと複雑な気分になる。
手紙を送ってから返信が届くのに時間がかかりもどかしい。

[　晴ちゃん差し入れありがとうね、やっぱり晴ちゃんだね。晴ちゃんは貸して貰えるからとか言うけど、
貸してもらえる物は歯ブラシは豚の毛でタオルは向こうが透けて見えるような物です、石鹸はブロックみたいな物だし
歯磨き粉は粉みたいな物です、そんな人は貧乏だの乞食だのあだ名付けられていじめの対象になります、
そんなのは前回経験してもうこりごりです、晴ちゃんはあたしがそんな目にあってもいいの？　]

はいはいわかりましたもう言いませんてば。この文章の次に便せん二枚に渡りこの本送れリストがびっしりだ、
○月号とかまで指定されてるがどこで調べるのだろう。

この日からAma○○nの一円本を漁る日々が10ヶ月近く続き、延べ150冊は送る事になってしまう、金も尋常ではない
額を入れることになる。

金があったら（今は無い(笑)）誰でもやってると思うに(三重の上の方の方言)　読んでくれて有り難うさん。

[　　猫　　]

暑い夏が来た。真知子の収監されている刑務所宛にほぼ毎日頼まれた本を送る日々が続いていた。
手紙には本の差し入れリストの他に刑務所であったこと等が検閲の支障にならない程度に書かれていたりした。

真知子と知り合った年の夏のことだった。会社の同僚で猫に餌をやってる人がいて、非常階段下に段ボール箱が
置いてあって猫が住み着いていた。その人が餌やりに金がかかるからと放棄したので俺が餌をあげるようになった。

生後半年くらいの凄く賢い茶虎の猫で、餌をすぐ近くのコンビニに買いに行くのについてきて、
コンビニ入り口にちょこんと座って、俺が出てくるのを近所の子供たちがちょっかいかけてもちゃんと待つ子だった。

もうそろそろ台風シーズンだから非常階段は隙間があって、横殴りの雨風の場合は段ボールハウスでは
ひとたまりもないので、休みが来たら隙間を塞ぎ雨が吹き込まないようにしなきゃなと考えていた。

しかし真知子に金を渡さなきゃならないから稼がねばならず、残業につぐ残業で公休も月に三日ほどだったので、
休みが来ても疲れててまた今度でいいかと先送りにした。

次の週に懸念していた台風がきた、朝早くに出勤したが姿が見えない。横殴りの雨風に居場所が無くなり
どこかへ行ったようだ。心配していると出勤してきた同僚が茶虎っぽい猫が会社の門の所で死んでると教えてくれた、
車に跳ねられたのか。俺は気づかず通り過ぎていたようだ、横殴りの雨の中、傘をさして毛布でくるむ、
蟻がたくさんとりついていたから手ではらう。まだ生きているかのように綺麗だ。昼の休憩で茶虎がいつもいる
お気に入りの場所の近くの植樹された庭の一角に埋めてやる。コンビニカッパを着ているがびしょ濡れになりながら
穴を掘る俺に会社の庭だが誰も文句は言わない。

なぜ俺は雨風対策をしなければならないと分かっていたのにしなかったのか？していれば死なせることはなかったのにと
後悔した、死んでから何日も思い出す度に自問自答しては自分を責めて泣いていた。

その話を真知子にしたんだが、そっぽを向いてタバコをふかしていたので聞いていないと思っていた。

[　晴ちゃんが可愛がっていた子猫の事を思い出しました、一年前の夏の日でしたね。今頃天国で楽しく
暮らしていると思います、晴ちゃんに良くして貰って幸せだったと思います。　]

こいつめ忘れようとして一生懸命だったのに、また思い出させやがって。だけど真知子にこう言ってもらって
少し気が晴れた気がした。


[　ところでまたお金三万ほど入れて貰えませんか？お願いします。　]

ガクッ最後の一文が余計なんだよな、ん？一週間前に現金書留送ったばかりだぞ？なんかおかしいなと思いだした。

手紙を書く。

[　この間お金送ったばかりだろ？なんでそんなにお金いるんだよ、おかしいだろ？刑務所内でそんなに
お金いらんだろ？ちゃんと理由言うまでお金は送らん。 ]

と書きながらも手紙を郵便局に持って行くついでに本と現金書留を送るんだけど。

[　晴ちゃん本とお金ありがとう、実はあの人が「服とか真知子の物の預かり賃」をよこせと面会に来て
言うので晴ちゃんから貰ったお金を渡してます、ごめんなさい。 ]

はらわたが煮えくり返る、真知子が出所したら乗り込んでいって籍を抜かせてやる覚悟しとけ、
と思うようになった。（後になって分かることだが荷物は全部捨てられていた。）

その後は施設に入ってる一番下の幼稚園の子が斜視で手術代30万とかネイルなんちゃらの資格取りたいから
8万とかとんでもなくお金がかかったが、類が上がると500円でお菓子を買って皆で食べられるから楽しみとか
書いて寄越すから無理して工面して送るという日々が続いた。

半年が過ぎた。そろそろ寒くなるので冬の肌着とか欲しいのでお金と言うから、書留で送ってもいいのだが、
なんとなく行きたくて久しぶりに差し入れに行く事にした。

昼頃に着いてポリスボックスに立っている爺さんガードマンに

「おい！体育館見学してええか？」とチャンピオンのジャージ上下で言ったら

「も、も、申し訳ありませんが出来ません」と慌ててて面白かった。始めて来たときはオドオドしてたけど
慣れたもんだ。

塀の中は見えないが球技でもやっているのだろう、大勢の女性の黄色い声が外まで聞こえてくる。真知子はやらない
だろうなとか考えながら差し入れして帰った、岐阜は四日市より寒くもうすっかり秋の空だった。

本格的な冬が来た、出所まであと少し。

あいかわらず真知子の本の催促やお金の無心は続いていた。送ってくれという本は料理（お菓子）
の本がメインで、出所したら食べたいのかなどと思って笑ってしまう。不良たちが「ドリャー！」
と言いながら殴り合う漫画のコミックスが出る度に気を利かせるのが当たり前のごとく言われなくても
送っていた、一日五冊と決まっていて丁寧に梱包して送っていた。仕事終わって夜遅くに郵便局に行くので、
局員にまたこの人かみたいな顔で対応される事にも慣れてしまった。

同室の人から頼まれたのか熱帯魚図鑑とかもあった、笠松の業務スーパーのある場所とか聞かれたから
手紙に書いて送ったりしてた。手紙のやりとりは二十通を超えていた。

出所後にあの男の所には行かないと決めていたみたいで、着る衣服が何もないから用意したいと
通販カタログを送るように言われ送った。

注文番号が大量に手紙に書かれる、ヤンキー御用達みたいな服ばかり。黒髪短髪が嫌で外を
歩けないから一万以上する金髪のウィッグとかカラーコンタクトまで頼んでくる、ナンチャラブラウン
とかカラー指定されていて頭がこんがらがる。

[　カラコンとかウィッグは駄目！必要ない！却下！　」

[　いや！こればかりは譲れないの！絶対！]

結局頼んだ。

出所後はどこかの厚生保護施設に入る事になるそう。厚生保護施設とは金を払って住まわせてもらい、
仕事を見つけて働いて自立を促す所らしい。


出所は年明けすぐになると手紙がきた。

[　出所日は１月○日に決まりました、和歌山の厚生保護施設になりました。　]

[　送っていくよ和歌山まで　]

[　いいです、電車で行くし駅までタクシーでも呼ぶから。]

服とか身の回り品が大量にあるので大きなキャリーバックを買う、真知子の好きそうなワインレッドだ。
頼まれてなかったが寒いだろうからダウンジャケットとブーツも入れた。

連絡とれるようにと携帯回線をもう一つ契約した、あの男の所にも行かなくちゃならんし忙しくなるぞ。
なんとか詰め込んで真夜中に刑務所宛てに送った。

出所の日がきた。厚生保護施設に到着したであろう時刻に電話をかけるが出ない、何度かけても出ない。
それから二週間何十回とかけたが出ない。

docomoから紙の通知がきた。

「 お客様の回線 090 ○○○○ ○○○○ が ○ 月 ○ 日現在、通話料が8万ほどになっております御確認下さい。」

剥がして見るタイプの通知文は余白が多く、事の重大さを物語っている気がした。

俺からの着信やメールは一切無視して恐らくあの男だろう相手へは電話をかけまくって8万？ふざけるな！
刑務所へ差し入れや大金送ってた俺は無視か！ と憎悪が募る。

今までも色々あったがその都度言い訳を聞いて水に流してきた、だが今回は拘置所や刑務所共に大変な
手間をかけて差し入れや大金を入れたりしてた。金を作るためにかなり無理をして働いた、その俺にする
仕打ちか！８万の通話料ってかなりの通話時間だぞ！俺とは一切電話もメールもしないくせに！
と怒りが頂点に達した。

docomoに電話して回線を止めてもらい解約手続きをした。

俺は苦虫を噛み潰したどころか廃人のようになっちまった、立ち直れないと感じた。

半年が過ぎた。最初の頃は四六時中考えていた真知子の事も思い出すことが少なくなった。

だがやはりそんな日々は長くは続かなかった。

見知らぬ番号から着信がある。最初は出ずに電話番号検索で調べたが該当はない。なんか悪い予感が
しながらも再度かかってきたので出る。

「 晴ちゃん真知子やけどお腹が減って死にそうなん、助けてくれへん？。」

周囲もはばからずありったけの大声で罵倒してしまった、死ねボケカス、ありったけの汚い単語を
並べ立てる。しかし最後に [ 心配したやろうが ] を付けてしまう、俺は駄目な男だ。

「刑務所仲間のおばちゃんの所に泊めてもらってるんやけど、お金がなくて３日くらい食べてへんの。」

厚生保護施設は家賃が払えなくなって退去させられて、真知子より少し早く出所したおばちゃんとやらの
所に厄介になってるそうだ。

食べてないとはオーバーだなと思ったが指定口座に三万ほど送った、普通の銀行では送金時間帯を過ぎていて
送れない時間だったので、駅前の郵便局の出張所に行ってゆうちょ銀に送った。真知子は色んな銀行の口座を持っていた、
なぜかはこの時点では考えなかった。

携帯は前に買ってやったソフトバンクの携帯をまだ持っていたので、プリペイドカードを買って持つように言った。
おばちゃんに借りているお金も返すように言ったので三万送ってもすぐ無くなるだろう。


真知子のプリペイド携帯にかける前に私用で保険屋に電話をかけた。

「 はい。」野太い男の声だ。

「 ？ ○○○生命ですか？ 」と俺。

「いや、違うけどな。」いぶかしげに男が言う

「申し訳ございません、間違えました。」

「 おう。」

電話を切ってから確認する、着信履歴の番号から生命保険会社に電話していたつもりだったがどうやら間違えたようだ、
ん？これ真知子から先日かかってきた番号だぞ？。

疑心暗鬼に陥っていた俺は信じることなどとうに出来なくなっていた。

暫くして真知子のプリペイド携帯に電話をかけて男がでたぞどういう関係だ！とブチ切れたがおばちゃんの
旦那だと一蹴された。

「はぁはぁ (動悸) まぁええわ、なんで今頃連絡してきたんや？」

「あの人が電気コードで首吊って自殺したから･･･晴ちゃんにもう迷惑かからないと思って･･･。」

あの鳶の男が自殺して身元確認の為に厚生保護施設に刑事が来て、死体の確認に行ったそうだ。どうも資金繰りに
困った末に闇金に手を出して首が回らなくなったようだ、クズの末路なんてそんなものか･･･。一時は乗り込んで
行ってやり合うつもりでいた相手だが、気の毒にさえ思えた。

「首にコードの痕があって気持ち悪かったでぇ。」

結構軽く言うんだな。これからどうするんだと聞くとお爺ちゃんと一緒に親戚を頼って大阪に行く、
その費用を出せと言う。

なぜ電話にでなかったか聞くと斡旋された内職のような仕事してたりして時間が無かった、8万もの通話料は
籍を抜いて欲しくて電話しまくってたそうだ。金を作れと度々言われてたが無理なので断ってた、そうしたら
自殺したそうだ。

馬鹿にされてる感は払拭出来なかったがまぁいいかと思うようにした。

大阪に親戚を頼って行くというのは生活保護を親戚のつてで受けやすいからだそうだ。引っ越しの費用を
負担してやって落ち着いた頃にやっぱり生活費の無心をされる。

交通費も出してやるからこっちに来い、会わなきゃ出さんというと渋々来た。会うのは一年４ヶ月ぶりか。

「晴ちゃん久しぶりやね、元気してた？」

「 元気なわけないやん苦労かけやがって、困ったやっちゃなお前は。」

久しぶりに口癖が出る。

「なぁ、真知子。」

「なに？ 」

「お前は全然俺になびかへんけど、やっぱり日本人は嫌か？」

「･･･そんな事無いけど･･･。」

俺が言いたいことの意味を分かっているのかいないのか･･･真知子の口からその後に続く言葉は聞けず、気まずくなり
別の話題にした。

「最近てゆーか刑務所の頃からなんやけど、身体の調子がなんか怠いって言う感じで朝とかなかなか起きれへんの。」

手紙にも具合悪くてとか書いてたな。

「桑名にいたころ車に跳ねられたやん？あんとき病院でCT撮ったら陰があるから再検査って言われたんやけど、
懲役食らってたから病院行ってへんの。」

車に跳ねられて賠償金ふんだくったのは聞いてたがCTの話は初耳だ。

生活保護なんだから医療費タダなんだし、さっさと病院行けよと言ってその日はやる事やって大阪に帰っていった。

[　メール　２　]

また大阪から呼びつけて会った、その少し前に生検とかいう肝臓の組織を太い針みたいなものを突き刺して
採取したそうで、でかいガーゼみたいなのを貼ってて痛々しかった。

正直その時点では大したことはないだろうと気にとめていなかった。

真知子が大阪に帰ってしばらく経ったある日、メールが来た。

[ 検査の結果、肝臓ガンで間違いないと言われました、手術をしなければならないと言われました。]

医療費はタダだしその点は安心できたが、パジャマとか貸与品は嫌なのでとまたお金を無心され振り込んだ。

手術の日が決まり入院した。

覚せい剤を常用してた頃に注射器を使い回していたのでC型肝炎になり、長年放置したため肝硬変に移行して
肝臓ガンになったのだろうと医師から説明されたそうだ。

手術の日から２週間後メールが来た。

[　手術終わりました、肝臓の殆どを摘出したのですが背骨に近いところは、重要な神経があるので傷つけたら
まずいので、取り切らずに閉じたそうです。]

俺は言葉を失った。取り切らずに閉じたという言葉の意味は無知な俺でも分かる、次から次へと問題が惹起しやがる、
どういうわけか俺の周りに神様は居ないようだ。

電話できるかとの俺からの問いに相部屋の病室だから電話していい所まで行く、まだゆっくりしか歩けないので待って
とメールが来て待っていたが、その日は真知子から折り返しの連絡は来なかった。

それからしばらくはメールでやり取りするだけの日々が続く、一日に一通返信があればいい方で
全く返信のない日もあった。

[ 5年生存率は○％･･･]

[　子供たちに優しい言葉とかかけるんやで･･･　]

見舞いに行くと言っても頑なに断られ、顔が見えず現実感が乏しいためだろうか俺がかける
言葉はきつくなっていた。

退院の日が決まりお金をくれとメールが来た、見舞いにも行けず返信も少なくイライラしていた俺は、
今の写真を送らないとお金はあげないと返信する。

手術後起きあがれるようになった時の物らしい写真はそれほど痩せてはいないが、顔は浅黒くて艶がなく、
それでいて目だけがぎらついていて大手術だったのだと一目で分かる物だった。

金を振り込み住んでいるところを問いただす。
　
[　今の私になんか会っても仕方ないよ　]

この言葉にきついことばかり言ってた俺はやつれた姿を見られたくないんだなと気づき、配慮してやれなかった
自分を恥じた。結局住んでる所は教えてもらえなかった。

それから毎日メールを送った、返信があってもなくても。返信は多くても一日一回で返信の無いときは三日ほど
無かったりした。

[　晴ちゃん、最近やさしいね、ありがとう。]

毎月、お金を送り続けた。退院から四ヶ月ほど経ったある日、メールが来た。

本文は無くガラケーのカメラで撮った画質の悪い写真、三人いる子供のうち下の女の子二人が両脇にいて
真知子が肩に手を置いている、真知子は見る影もなく痩せていて真ん中の小学生のお姉ちゃんより細く、
上のお姉ちゃんが気を使ったのか少し笑っているように見える。目の手術代を出してあげた一番下の子は
眼鏡をかけて真知子の横にちょこんと立っている。

[　お前の事好きやったよ。]

この一言だけ返信した。

写真が届いてから二週間ほどメールしても返信が無い日が続いた。こちらからメールを送らないと
何かが途切れる気がして毎日メールを送った、だが返信は無かった。

メールが届いた、急いで読む。ランダムにアルファベットが並んだ捨てアドで、送り主は高校生に
なったという一番上のお兄ちゃんだった。

[　母が三日前に具合が悪くなり救急車で運ばれました。]

救急車を呼んだのは妹で今はお婆ちゃんが来て身の回りの世話をしているそうだ。
息子に住んでいる住所を教えてもらう、どこに入院したのか教えてもらおうとするが病院名しか
教えてくれなかった、恐らく真知子の願いだろう。

[　手術で入院する時に余命半年と言われました本人は知りません。退院してからも寝たきりで
一日の殆どを寝てました。この入院で医者から統合失調症の疑いがあると言われました。母から伝えて
欲しいと言われてメールしました。]

具合が悪くて寝ていたから返信も少なかったようだ。あの写真は俺に送る為に撮ったそうだ。余命は
なんとなく分かっていたから聞かされても動揺は少なかった。今は痛み止めの効果で一日の殆どを眠っていて
起きててもとてもメールなんて出来ないそうだ。

「晴ちゃんごめんね、あたしを信じられないのはわかるけど困ってます助けて、お願いします」

息子から真知子の伝言だと送られてきた文面は出会って間もない頃のあのメールと一言一句違わない物だった。
貸与されるパジャマが嫌だから金を送れという。

それを読んでもう正常な思考が出来ないところまで精神が崩壊してるんだなと悟った。
まるで同じ事を繰り返す痴呆老人のようだ。

これが最後だと思いながら金を振り込みアドレスを変えた。死んだと聞かされるのが嫌で連絡が取れないように
したかった、俺は現実から逃げた、逃げずにはいられなかった。


服役中の真知子に出した手紙の事を思い出す。

[　お前が憧れてどっぷり浸かった不良の世界はお前に何をしてくれたんや？ 女に手を上げたりシャブ漬けに
したり金を作ってこいと犯罪させたり、挙げ句服役も二回だろ？どんだけ人生損しとんよ？クズみたいな
輩ばかりだろ？普通の会社員みたいな人の方が幸せになっていたと思うに。出てきたらまともになるんやよ。]

偉そうに講釈を垂れたが結局何も変えられなかった、それどころか終わってしまう。やはり神などいないようだ、
ここから救済してくれるならどんな事でもするのに･･･。

息子からのメールからさほど日も経たずに大阪の市外局番から着信が何回もあった、出ると聞きたくないことを
告げられそうで出なかったがその着信が何を示しているのかは想像ができた、真知子とはもう会えなくなったんだなと。


出会ってすぐの頃は俺はただの騙しやすいおっさんで金づるでしかなかっただろう、けど本当に困った時に頼るうちに
何かが変わっていったんだと思う。

出所後に俺がヤクザが絡んでくるような目に遭わないように連絡もしなかったんだろうし後から考えると俺を気遣うことも
多々あった。

ふと、俺がプロポーズまがいのことをしたときの真知子の沈黙を思い出した、俺はどうせ駄目だろうと思いこんですぐに
話題を変えたが、もう少し待てば真知子の口から何か聞けたかも知れない。たとえ結末が変わらなかったとしても短い時を
共に過ごしてあいつの笑顔を見れたかも知れない･･･。


真知子が居なくなってから俺はどこかおかしくなっちまって街を歩いている背格好の似た女性が真知子に見えたりして
ハッとして振り向いたりする、最近ではそれも薄れてきたが。

でも未だに心のどこかで

[　晴ちゃんごめんね、あたしを信じられないのはわかるけど困っています助けて、お願いします。]

と唐突に連絡がきて

[　お前は困ったやっちゃなぁ。]

と返す、なんて事があるんじゃないかと今でも思ってる。

また騙されてもいいから。




　　　　　　　　[　終　わ　り　]

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手紙　Wは検閲済みの判子

http://uproda.2ch-library.com/973175O83/lib973175.jpg
足のアザ

>>148-150

ありがとうございます、聡明な方が多くて恐れ入ります。
真知子は生い立ちからして複雑で西成辺りで幼少期を過ごし
、小学１～２年までは朝鮮学校に通っていたそうです(韓国人ですが)
各地を転々として三重にきたそうでそこで俺と知り合いました。
なんとか幸せになって貰いたかったけど俺の腕は力がなくて
引っ張ってあげられませんでした。

では面白い出/会/い/系の女の話を数話載せていきます。一日一話。